長編・金木犀

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それから、俺と名無しさんさんは毎朝挨拶を交わすようになった。

ただ、それだけ。他に何かを話すわけでもなく、ただ、挨拶を交わす。

たまに、部活の後にふらりと教室に寄ると、彼女がいたり、いなかったり。

いた日は、少しだけ話をする。とても、心地の良い時間だった。

無言になる日もあった。

無理やり話す必要もなかった。向こうも、それを求めている感じはしなかったし。

口下手な俺としては、一緒にいて、初めて楽だと思える女子だった。


「巻島君は、金木犀の香り、好きなの?」


ある日、部活の後、教室にいた名無しさんさんと一緒に外を眺めていたら、唐突に聞かれた。


「急に、なんショ」

「んー、なんとなく?巻島君、なんだかこの匂い気に入ってるような気がしたから」


間違ってたらごめんね、と、眉尻を下げて笑う彼女が、なんだかとても愛おしく感じた。

いとおしく・・・?

俺は、何を考えて・・・!?

そう思った瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。


「べ、別に、ンなことないっショ!!」

「そっかぁ、ごめんね」


少し残念そうな彼女の声に、俺はさらに焦ってしまった。


「あ、いや、そうじゃなくて、その匂いはめちゃくちゃ気にいってるっショ!!」


焦ったからといって、俺は何を口走ってるんだ・・・!!

ほら、名無しさんさんだってドン引きして・・・。

名無しさんさんは、一瞬きょとん、とした後に、すぐに花が咲いたように笑った。


「そっかぁ」


そして、ニコニコと笑みを浮かべたまま、また外を眺めた。


「ふふ」

「何、ショ」

「巻島君、顔真っ赤」

「っ!!夕日のせいっショ」


こんな時間が、とても心地良いと、やはり俺はそう思った。





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