長編・金木犀
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今日も、名無しさんさんは教室の窓から外を眺めているのだろうか。
ふと、俺は気になって教室に行ってみた。
教室に入ると、そこには誰もいなかった。がらんとした室内には、あの香りがまだ微かに残っているような気がした。
窓の淵に手を突き、外を眺める。
「あ」
夕日が、赤々とあたりを照らしていた。
「山のてっぺんから見たら、サイコーっショ」
今度、この時間帯に自転車で山に登り、山頂で止まって夕日を眺めてみようと思ったとき、ガラリと扉が開く音がした。
「あ、巻島君」
「名無しさんさん・・・?帰ったんじゃ?」
てっきり帰ったとばかり思っていた彼女は、教室に戻ってきた。
「ううん、先生に頼まれたお仕事してて、さっきまで教室にいたの」
あの匂いが残っている気がしたのは、気のせいじゃなかったのか。
「それで、お仕事が終わったから、そのプリント類を今職員室まで届けてきたところ」
そう言って、彼女はふふ、と笑った。
「昨日と、逆だね」
「逆?」
「昨日は、私が窓の外見てたから」
ああ、そういうことか。
俺が納得していると、名無しさんさんはゆっくりと俺に近づいてきて、俺の隣に立った。
「うわぁ、夕日、きれいだね」
そう言ってほほ笑む彼女からは、やはりあの匂いがした。
「あの、サ」
「?なぁに」
「その。匂い、何か、してるっショ?」
「匂い?ああ、これかな?」
そう言って、彼女はごそごそと服の中にしまっていた、首から下げたお守り袋のようなものを出した。
「それは?」
「香袋。手作りなんだ。私のは、金木犀の香り」
ああ、そうか、金木犀だ。金木犀の、花の香り。
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