長編・金木犀
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ふわりと、いい匂いがした。
それは、秋になるとよく嗅ぐ匂いで、何かの花の匂いだったような気がするが、思い出せない。
何にしても、今はまだ夏になる前。春も終わろうとしている頃。秋に嗅ぐはずのこの匂いが、今するのはおかしい。
「どうした?巻島」
首を傾げている俺を不思議に思ったのか、田所っちが聞いてきた。
「なんでもないっショ」
得に気にすることでもないか。
そう思い、俺はまた思い切りペダルを踏んだ。
2年に進級して、クラス替えが行われた。
クラスに入ると真っ先に席替えが行われて、俺は窓側の一番後ろの席になった。
その頃からだ。この匂いが気になり始めたのは。
その匂いは本当に微かに香ってくるもので、気にしていないとわからなくなってしまうほどだ。
俺は集中して、その匂いの元をたどってみた。
元は、俺の斜め前の席の女子、名無しさん名無しさんさんのほうから香ってきた。
香水でも付けてんのか?
俺は首を傾げて、すぐに授業をしている教師の声に耳を傾けた。
その匂いが香ってくるのは、たまに。風が吹いたとき。俺と、すれ違ったとき。
この匂いは、何の匂いだったのか、それが思い出せなくて。俺は、その匂いが気になる原因は、それだと思っていた。
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