短編・巻島

□A
1ページ/1ページ

先に「カメラ越しの視線」をお読みください。



今日もまた、俺は坂を上る。頂に着いた瞬間、後輩から渡されたボトルを受け取り、そのまま下る。すべて一瞬の出来事だ。

俺は、ボトルを受け取る瞬間、学校の屋上のほうから、キラリと反射する何かを見た。その日は、得に何も意識せず、そのまま自転車で走り去った。

それからというもの、山の頂でボトルを受け取るときに反射する何かが視界に入った。学校に戻り、それがあった位置を見ても、とくに反射しそうなものは見当たらない。

ならば誰かいたのだろうかと、昼休みに屋上に向かったが、案の定鍵は閉まっていた。
首を傾げて教室に戻ると、田所っちが昼飯を頬張りながらどうした?と聞いてきた。なんでもないっショ。そう答えて、俺は自分の席に着いた。

放課後。今日は山には登らない。少しつまらないと感じながらも、俺は練習に励む。ふと顔を上げると、屋上からキラリと光る何かが見えた。目を細めてよく見ると、同じクラスの名無しさんという女子だった。

現在、俺の斜め後ろの席に座っている。3年間クラスが同じだったことくらいしか接点が見当たらない。

名無しさんさんは山の頂をカメラ越しに眺めては、つまらなそうに溜息を吐いた。しかし、すぐにまたカメラを構え、今度は別の方にカラメを向け、生き生きとした表情で次々とシャッターを押していく。

その日から、俺は名無しさんさんを観察するようになった。教室でではなく、部活のとき。さりげなく視界に入る名無しさんさん。

今日も俺は山の頂に一番でたどり着いた。後輩からボトルを受け取る。その瞬間、彼女と目があった。彼女はそのことに気づいたかはわからない。気のせいだと思うかもしれない。けれど、確かに俺と名無しさんさんは目があった。それから、俺はなぜだか上機嫌で残りの坂を思い切り下った。

部活中だけだったはずの名無しさんさんの観察が、いつのまにか教室でも行われるようになった。意識しているわけではない。けれど、自然と視線がそちらに向いてしまう。教室で彼女と目が合うことはなかったが、たまに、名無しさんさんが俺のほうを見ている、そんな確信的な何かが、俺の中をよぎることがあった。俺はそんなとき、わざと彼女のほうを見ないようにする。

今日は部活が休みだった。俺は、人がまばらになっていく教室で、ただ一人、ぼーっと、沈んでいく夕日を眺めていた。彼女は、今日も屋上にいるのだろうか。俺の足は自然と屋上へと向かった。




  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ