長編・金木犀
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ガラリと扉を開けると、中には、巻島君がいた。
「あ、巻島君」
「名無しさんさん・・・?帰ったんじゃ?」
「ううん、先生に頼まれたお仕事してて、さっきまで教室にいたの」
巻島君こそ、部活が終わって、帰ったと思ってた。
「それで、お仕事が終わったから、そのプリント類を今職員室まで届けてきたところ」
そこで私は、ふふ、と笑みをこぼした。
「昨日と、逆だね」
「逆?」
「昨日は、私が窓の外見てたから」
巻島君は、片手を窓の淵に付いていた。
今度は、私から、近づいてみようかな。
少しの勇気を出して、私は巻島君の隣に立った。
「うわぁ、夕日、きれいだね」
真っ赤に染まった空を眺めて、私は少し目を細めた。
これなら、私の赤く染まった顔も、夕日のせいにできるんじゃないかな、なんとことも考えた。
「あの、サ」
巻島君が私に声をかけてきた。
「?なぁに」
私は、ゆっくりと巻島君に目を合わせた。
「その。匂い、何か、してるっショ?」
「匂い?ああ、これかな?」
巻島君の言葉に、私は首から下げていた香袋を出した。
「それは?」
「香袋。手作りなんだ。私のは、金木犀の香り」
そう答えると、巻島君は納得したように小さくうなずいた。
巻島君がこの金木犀の香りに気付いてくれたことが、なんだか特別なことのように思えて、私はまた夕日を眺めて小さく笑った。
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