短編・荒北

□それはアスチルベと共に
1ページ/1ページ

園芸部である私は、放課後に花壇に来ていた。

ここの花壇は日が当たりすぎなくて、アスチルベを育てるには丁度いい場所だった。

それに、この場所は自転車部が練習しているところを見ることができる。

この学校の園芸部員は、私以外はみんないわゆる幽霊部員というやつだから、園芸好きな先生と私が学校の花壇を好き勝手にやっている。

といっても、この学校は広いから、すべての花壇を管理しているわけではないけれど。

アスチルベを植え付けたのが、2年生がもうすぐ終わろうとしていた3月。

アスチルベはもう1週間もすれば咲くだろう。

私は、花壇に水をやりながら、あの細かなかわいらしい花が咲くところを想像して、1人ひっそりと笑った。


「ナァニ1人でニヤニヤ笑ってんのォ?名無しさんチャン」


背後から声がした。まさか誰かに見られているとも思っていなかったので、私は驚いてばっ、と振り返った。

そこには、ポケットに両手を突っ込んだ荒北君の姿があった。


「あ、荒北くん!部活は?」

「さっきまで教師に呼び出されてたんだヨ。部活はこれから行くとこォ」


で?と荒北君が首をかしげて近づいてきた。


「名無しさんチャンは何がそんなにうれしいワケ?」

「え、えと、アスチルベが、もうすぐ咲きそうだから・・・」

「アスチルベ?」

「花の名前だよ」


ふーん、と言って、荒北君は時間を見て、ヤベ、と呟いた。


「そろそろ行くわ」


そう言って私に背中を向けて歩き出そうとして、荒北君はピタリと動きを止めた。

そして、首だけで振り返り、私に言った。


「名無しさんチャン、そのアスチルベが咲いたら、俺にも教えてヨ」


それだけ言い残し、荒北君は走り去って行った。

私が荒北君の存在を知ったのは、この場所にアスチルベを植えたときだった。

植えている最中、自転車が柵の向こうを走り抜けて行った。

最初はびっくりしてろくに見ることもできなかった私だったが、少しずつ慣れてきて、荒北君や、他の人たちの姿を捉えることができるようになった。

そして、私は荒北君に恋をした。

他の人も走ってる。荒北君と一緒に、自転車で。

でも、私はなぜだか荒北君に惹き付けられたんだ。

それからというもの、私はアスチルベを育てつつ、荒北君の姿を見るようになった。

アスチルベは、私に恋の訪れをもたらした。

そして、この花が咲いたら、またここで荒北君と会える。

私はまた、人知れずほほ笑んだ。

そういえば、なんで荒北君は私の名前を知っていたんだろう・・・。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ