短編・荒北
□それはアスチルベと共に
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園芸部である私は、放課後に花壇に来ていた。
ここの花壇は日が当たりすぎなくて、アスチルベを育てるには丁度いい場所だった。
それに、この場所は自転車部が練習しているところを見ることができる。
この学校の園芸部員は、私以外はみんないわゆる幽霊部員というやつだから、園芸好きな先生と私が学校の花壇を好き勝手にやっている。
といっても、この学校は広いから、すべての花壇を管理しているわけではないけれど。
アスチルベを植え付けたのが、2年生がもうすぐ終わろうとしていた3月。
アスチルベはもう1週間もすれば咲くだろう。
私は、花壇に水をやりながら、あの細かなかわいらしい花が咲くところを想像して、1人ひっそりと笑った。
「ナァニ1人でニヤニヤ笑ってんのォ?名無しさんチャン」
背後から声がした。まさか誰かに見られているとも思っていなかったので、私は驚いてばっ、と振り返った。
そこには、ポケットに両手を突っ込んだ荒北君の姿があった。
「あ、荒北くん!部活は?」
「さっきまで教師に呼び出されてたんだヨ。部活はこれから行くとこォ」
で?と荒北君が首をかしげて近づいてきた。
「名無しさんチャンは何がそんなにうれしいワケ?」
「え、えと、アスチルベが、もうすぐ咲きそうだから・・・」
「アスチルベ?」
「花の名前だよ」
ふーん、と言って、荒北君は時間を見て、ヤベ、と呟いた。
「そろそろ行くわ」
そう言って私に背中を向けて歩き出そうとして、荒北君はピタリと動きを止めた。
そして、首だけで振り返り、私に言った。
「名無しさんチャン、そのアスチルベが咲いたら、俺にも教えてヨ」
それだけ言い残し、荒北君は走り去って行った。
私が荒北君の存在を知ったのは、この場所にアスチルベを植えたときだった。
植えている最中、自転車が柵の向こうを走り抜けて行った。
最初はびっくりしてろくに見ることもできなかった私だったが、少しずつ慣れてきて、荒北君や、他の人たちの姿を捉えることができるようになった。
そして、私は荒北君に恋をした。
他の人も走ってる。荒北君と一緒に、自転車で。
でも、私はなぜだか荒北君に惹き付けられたんだ。
それからというもの、私はアスチルベを育てつつ、荒北君の姿を見るようになった。
アスチルベは、私に恋の訪れをもたらした。
そして、この花が咲いたら、またここで荒北君と会える。
私はまた、人知れずほほ笑んだ。
そういえば、なんで荒北君は私の名前を知っていたんだろう・・・。