長編・金木犀

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大会直前の、放課後。部活の後、俺は教室に向かっていた。

扉を開ければ、あの匂い。


「巻島君」


俺の名を呼ぶ名無しさんさんの心地いい声。

普段はうるさくてしかたのない教室が、今だけは物凄く心地よく感じる。


「大会、明日だね。楽しみ」


ふふ、と笑う名無しさんさんに、俺の口元も緩む。


「勝って、ね」


頑張って、じゃなく、勝って。その言葉、サイコーっショ。


「絶対、勝つ、っショ」


俺は名無しさんさんに向き直る。

どうしても、伝えたいことがあった。


「名無しさんさん」

「なぁに?」


名無しさんさんも俺と向き合う。


「大会、俺が優勝したら、欲しいものがあるっショ」

「欲しいもの?いいけど、私が渡せるものかな・・・?あんまり高いものとか、無理だよ?」

「金は、かかんねぇ」


俺は、軽く深呼吸をする。


「その、香袋、が、ほしい」

「香袋?」

「ああ。名無しさんさんのつけてる、その、香袋」

「私、の・・・?」


きょとん、と名無しさんさんが首を傾げる。


「うん、わかった。じゃあ、新しいの、作るね」

「違うっショ!!」


思わず、声が大きくなった。

新しいのじゃ、意味がない。名無しさんさんのじゃなきゃ・・・!


「今、名無しさんさんがつけてるヤツ」

「え・・・、コレ・・・?」


びっくりして目を見開き、ぎゅっと香袋のある位置を握る名無しさんさん。


俺が無言でうなずくと、名無しさんさんは顔を赤くしたあと、うつむいて、コクリと小さくうなずいた。


「それじゃあ、約束、ね?」


ぎゅっ、と、香袋をさらに強く握りしめ、名無しさんさんは俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「絶対、勝って・・・!」


俺は、自然と自分の口角が上がっていくのを感じた。


「約束、するっショ。絶対、勝ってくる・・・!」


互いの小指を絡めあい、互いに顔が赤くなっていることは指摘せず、その日はただ、無言で沈んでいく夕日を眺めていた。



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