長編・金木犀
□10
1ページ/1ページ
俺が名無しさんさんを好きだと自覚したその日から、俺は名無しさんさんを避けるようになった。
いや、避けるもなにも、接点などほとんどなかったのだから、そんなものもないか。
朝の挨拶だけは交わす。ただ、目は合わせない。
部活の後も、教室には寄らない。
そう、していた。
のに・・・。
「ハァ、忘れもの、ショ・・・」
最悪だ。教室へ向かう俺の足が重い。
明日提出のプリントだったため、無視して帰るわけにもいかない。
どうか、彼女がいないことを祈り、教室の扉をガラリと開けた。
ふわりと、香ってくる、あの香り。
なんだか、久しぶりに嗅いだような気がする。
「あ・・・」
名無しさんさんが振り返り、俺を見て少し困ったような顔をした。
俺は無言で自分の席に近づき、プリントを取ってそのまま教室を出て行こうとした。
「ま、待って!」
名無しさんさんが俺を呼び止めた。
「何、ショ?」
「あの、私、何かした・・・?」
「別に、何もしてないショ」
「でも、巻島君、最近目合わせてくれないし、放課後も、教室来なくなったし・・・」
「朝のは、最近、部活で疲れてたから・・・。放課後は、別に約束してるワケでもねぇし、いいっショ」
俺がそう言うと、名無しさんさんが無言になった。
「じゃ、俺、帰る・・・っ!!?」
帰ろうとして顔を上げた俺の視界に入ってきたのは、涙を流す名無しさんさんの姿だった。
NEXT