長編・金木犀

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俺が名無しさんさんを好きだと自覚したその日から、俺は名無しさんさんを避けるようになった。

いや、避けるもなにも、接点などほとんどなかったのだから、そんなものもないか。

朝の挨拶だけは交わす。ただ、目は合わせない。

部活の後も、教室には寄らない。

そう、していた。

のに・・・。


「ハァ、忘れもの、ショ・・・」


最悪だ。教室へ向かう俺の足が重い。

明日提出のプリントだったため、無視して帰るわけにもいかない。

どうか、彼女がいないことを祈り、教室の扉をガラリと開けた。

ふわりと、香ってくる、あの香り。

なんだか、久しぶりに嗅いだような気がする。


「あ・・・」


名無しさんさんが振り返り、俺を見て少し困ったような顔をした。

俺は無言で自分の席に近づき、プリントを取ってそのまま教室を出て行こうとした。


「ま、待って!」


名無しさんさんが俺を呼び止めた。


「何、ショ?」

「あの、私、何かした・・・?」

「別に、何もしてないショ」

「でも、巻島君、最近目合わせてくれないし、放課後も、教室来なくなったし・・・」

「朝のは、最近、部活で疲れてたから・・・。放課後は、別に約束してるワケでもねぇし、いいっショ」


俺がそう言うと、名無しさんさんが無言になった。


「じゃ、俺、帰る・・・っ!!?」


帰ろうとして顔を上げた俺の視界に入ってきたのは、涙を流す名無しさんさんの姿だった。



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