長編・金木犀
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「最近、タイムが落ちてきているな」
金城の言葉に、俺は返す言葉もなかった。
最近、調子が出ない。
理由は、なんとなくわかっていた。
多分、名無しさんさんのことだ。
“相手のちょっとした言動にも心揺さぶられ”
ふと、東堂の言葉を思い出した。
“寝ても覚めてもその相手のことが頭から離れなくなり”
ああ、そうか。
恋。
わかってしまえば、簡単なものだった。
俺は、彼女に、名無しさんさんに、惚れていたんだ。
「最悪、っショ」
好きな男がいる女を、好きになるなんて。最初から終わっているようなもんじゃないか。
「ハッ、初恋は実らないだなんて、よく言ったもんっショ」
その日、俺はただがむしゃらに自転車を走らせた。
山の頂までついた。
もう、夕日は沈んでいた。
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