短編・荒北
□約束
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中学時代、私には彼氏がいた。
彼は、野球をしていたが、怪我のせいで野球を止めざるを得なくなった。
そのせいで、彼は荒れてしまった。そして、そのまま私たちは別れた。
高校は別々の高校に入った。今、彼はどうしているのだろうか。
「名無しさん、荒北さ、更正したらしいよ」
ある日、友人が私に言った。荒北、とは、私の元カレ、荒北靖友のことだ。
「え?」
「なんか、荒北と同じ学校言った子が教えてくれたんだけど、アイツ、今自転車乗ってんだって」
「自転車?」
私は首を傾げた。同時に、私の脳内にはママチャリに載っている靖友が思い浮かんだ。
「ロードレーサーっていうのに乗って、競い合うらしいよ」
「そう、なんだ・・・」
彼は、元気にやっているのか。新しいものに挑戦できるようになったんだ。
私は、自然と頬が緩んだ。
「名無しさんってさ、まだ荒北のこと好きだよね」
友人の言葉に、私は苦笑した。
靖友が荒れてしまってから、私たちは自然とメールのやり取りもしなくなり、いわゆる自然消滅というやつだった。
靖友は、私のことなんて忘れて、今は新しいことに挑戦しているのだろう。なら、私はそれで満足だ。
それから1年程経ち、私は進級して2年生になった。
彼氏はナシ。未練がましいなぁ、と、自分でも思うが、どうしようもない。
放課後、部活に入っていない私はそのまま友人に別れを告げて校門に向かった。
「え・・・?」
「・・・ヨォ」
校門には、何やらカッコいい自転車に乗った靖友がいた。
髪を切り、さっぱりした彼は、自転車にまたがったまま、片手を上げた。
「アー、その、サ。話が、あンだけどヨ、ちょっと、いいかァ?」
そう言う彼に、私は黙ってうなずいた。
自転車を押す彼の横を歩く。
無言。
しばらくして、公園に着いた。
公園に人気が少なく、ただ、風が木の葉を揺らす音だけがその場を包んでいた。
「それで、話、って・・・」
切り出したのは、私だった。
「アー」
靖友は言いにくそうに頭をかいた。
「今度、ロードの大会があンだヨ」
「ロード?」
私が首を傾げると、靖友は自分の自転車を指しながら言った。
「ロードレース。今、俺がやってるヤツ。その、俺、今度その大会に出られることになってヨ」
私は黙って靖友の言葉に耳を傾ける。
「見に来て、ほしいんだヨ」
風が私たちの間を吹き抜ける。
「行っても、いいの・・・?」
「名無しさんに、来てほしい」
靖友のこんなに真剣な顔を見るのは、いつぶりだろうか。
私は自然とうなずいていた。
「うん。・・・行く。絶対、行く」
私がそう言うと、靖友は少し安心したように笑った。
「絶対ェ、勝つからァ」
自信満々に言う彼に、私の顔にも自然と笑みがこぼれた。
「そしたら、サ、また、寄り、戻さねェ?」
私は、一瞬目を見開いた後、小指を靖友に出した。
「約束」
ニッコリ笑ってそう言う私に、靖友も小指を絡めてきた。
私がまた彼の横を歩ける日が来るのは、きっとそう遠くはないのだろう。