短編・荒北
□口実
1ページ/1ページ
テスト前だというのに、私の所属する図書委員は活動している。
といっても、図書室で勉強する生徒は少なく、本を借りるわけではなく勉強をしているだけなので、ほとんど仕事はない。
けど、今日は司書さんに溜めていた返却ボックスの本を整理してくれと言われた。
司書さんが去った後、私は溜息を吐いて本を持って立ち上がった。
本をあるべき場所へと戻す作業をして約30分。
残りはあと一冊。
だがしかし、その本を置く場所は本棚の一番上で、台を探しても、最近壊れたとかで修理中だからない。
つま先で立ち、腕を伸ばして本を片付けようとするが、やはり届かない。
そろそろ腕も痛くなってきて、ぷるぷると震えて唸っていると、誰かがその本を取ってひょい、と本棚へ仕舞ってくれた。
「あ、ありがとう」
振り返りながらそう言った私は、仕舞ってくれた人を見て硬直した。
荒北靖友君。元ヤンで、同じクラスだ。
彼の外見は大分変ったが、私の中での彼のイメージといったら怖いイメージしかない。
ああ、どうしよう。別の意味で震えてきそう。
何も言えずに目をあちこちへと動かしていると、頭上から、アー、という怠そうな声が降ってきた。
「その、サ」
言いにくそうな彼を上目使いに見ると、片手で頭を押さえながら眉をひそめている彼がいた。
「名無しさんチャンて勉強、得意、だったよナァ?」
そう尋ねてくる荒北君に、私は首を傾げた。
「わかんねぇトコあんだけどヨ、教えてくれナァイ?」
そう言った彼は、本当に困っているような様子だった。
私は断ることもできずに、頷いた。
そのまま荒北君に着いていった私は、荒北君の前に座り、向かい合った。
「そ、それで、どこがわからない、の?」
「アー、ここ」
「えっと、ここは、この公式を使って・・・」
荒北君が分からないと言ったのは、数学だった。幸い、数学は比較的得意な教科だったので、使う公式を示した。
「ナルホド」
公式を教えてあげれば、荒北君はスラスラと問題を解きだした。
もう行っても大丈夫かな?と思い、チラリと荒北君を見るが、荒北君は問題を解くのに集中してしまっていて気づかない。
やることもなく荒北君のノートを見ると、案外きれいに書かれていた。
クラスでは、授業中に寝ているところをたまに見かけるが、板書はしっかりとやっているらしい。
ぼーっとノートを眺めていると、また声がかかった。
「名無しさんチャァン、ナァニ人のノートじっと見てんのォ?」
はっとして顔を上げると、じっと私を見てくる荒北君がいた。
「え、えと、その、案外きれいにノートとるんだなって・・・」
言ってから、しまった!と思ったがもう遅い。案外きれいに、って、案外はいらないでしょう・・・。
焦っていると、ハッ、と荒北君が笑った。
驚いて荒北君を見ると、彼は肩を震わせて笑っていた。
「え、え?」
また混乱してしまう私に、荒北君は言った。
「悪ィ悪ィ。・・・名無しさんチャン、俺が名無しさんチャンに勉強教えてもらいたいっつたのが口実だっつったら、どうする?」
「こう、じつ・・・?」
唐突に言われた言葉に、私は首を傾げた。
「アァ。名無しさんチャンとお話ししたかった、っつったら、信じるゥ?」
肘を突いて私を見てくる荒北君に、私の心臓が高鳴った。
「そ、れって、どういう・・・」
顔に熱が集まっていく。さらに焦って、私の視線は完全に荒北君から外れた。
「テストが終わったらサ、ロードの大会あんだヨ。見に来ナァイ?」
私の頭は、自然と縦に振られていた。
ロードの大会で走る彼を見て、その姿に私が惚れるまで、あと数日。