短編・荒北
□もう少し
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「もう、少し・・・っ」
私は、荷物を地面に置いて、木の枝に向かって手を伸ばす。
私の視線の先には、真っ白な子猫。
どうやら、木に上ったはいいが降りられなくなってしまったようだ。
ぷるぷると震える子猫に手を伸ばす。足元に置いた、木箱が少しグラつく。
「とどい、たっ!!?」
子猫に手が届き、胸に抱くと同時に、木箱が倒れた。
そのまま私は地面にしりもちをつく。
「っつー・・・。子猫、は・・・?」
とっさに抱き込んだ子猫は、私の腕の中で小さく鳴いた。
ほっと息を吐くと、もぞもぞと私の腕の中から這い出てきた。
「よかったねぇ」
しりもちをついたまま子猫を撫でる私に、人の影が降りた。
「ナァニやってんのォ?こんなトコでェ」
「あっ、らきた君!!」
荒北君は、何気に私が片思いをしている相手だったりする。
元ヤンだった彼は今は自転車部にいる。
友人の誘いで大会の応援に行って、一目惚れである。
カッコよかったのだ。自転車に乗って汗を流すその姿が。自転車に向かうその真剣な顔が。ゴールしたときのうれしそうな顔が。
ああ、好きだなぁ、と思った。
そんな彼が、今、私の目の前にいる。
「あ、えと、その、子猫、がね、木から降りられなくなってて・・・」
「見てたヨ。必死に手ェ伸ばしてンのォ。名無しさんチャンは、猫、好きィ?」
「う、うん」
子猫を抱いたままうなずくと、荒北君はニヤリと笑った。
「俺もォ」
そう言った彼に、私の胸はさらに高鳴った。
彼に告白されて付き合うようになるまで、もう少し。