夏色の恋
□届かない言葉
1ページ/1ページ
悲しそうにドアを見る君を見つけた。
その表情は今まで見たことないぐらい悲しそうで自分自身もが苦しくなるような顔だ……
「(そんな顔しないでよ……)」
そう思いながら見つめていると目の前の君はハッとこっちを振り向いた。
一瞬驚いたような顔をしたもののすぐにいつもの顔に戻る。
『なんだ、降谷か……俺に何か用?』
いつも通りの落ち着いた口調……だけどそこには悲しさが混じっている……なんとなくだけどそう思わされた。
「……出ていくの?」
もっと誤魔化して聞いた方がよかった筈なのに率直に聞いていた。
自分の不器用さに呆れながらも彼の表情は予想通りで驚いた顔をしていた。
『誰かから聞いた?』
「御幸先輩から」
『あー、やっぱり……あの先輩に言うのは間違いだったかな』
苦笑いしながらそう言う彼は僕を見つめてから悲しそうに答えた。
『母親がね、戻ってきて欲しいんだって。今頃になって一体何んだろな』
「……じゃあやっぱり出ていくの?」
『…………うん』
「……そっか…」
わかっていた事の筈なのに胸がチクリと痛い……
御幸先輩に彼が実家にもどると聞いた時はまさかと信じていなかったがこの表情は本当だという証拠を表している。
「……君が居なくなったら……沢村はどうなるの?」
聞いてはいけない……そうわかっていても口は止まらなくて気がついたらそんな質問をしていた。
また驚くんじゃないかと思っていたがそうでもなくてただ、ただ悲しそうな顔をするだけだった。
『俺がいなくてもアイツはやっていけるよ』
「っ……でも!君はずっと……」
『ずっと……俺は何をしてきたんだろうな?……アイツに何してあげれてたんだろう……』
ギュッと強く力を入れて腕に爪が食い込んでいるのが見えた。
血が少しタラリと垂れているにも関わらず彼は全く痛そうにもしていない。
まるで、気づいていないようだった。
『それに、アイツには倉持先輩がついてるんだ。俺なんていらなかったんだよ』
沢村にとっても倉持先輩とっても互が大切な人であることは僕にもわかっていた。
野球部皆が知っているわけではないが沢村をよく見ている天宮にはもっと早く気づいてたんじゃないだろうか。
好きな人が誰かといるところなんて見たくない筈なのに天宮は笑って過ごしていた。
辛かったのかもしれない……
本当は早くこの高校を出ていきたかったのかもしれない……
人の気持なんてそう簡単にわからないけど自分だって好きな人がそうなってしまうのは辛い。
「だからって……何も言わずに出ていくの?」
確かに沢村には倉持先輩がいる……
沢村が好きな彼にとってもうここにいる意味なんてないのかもしれない。
だけど何も言わずに出ていくなんてあんまりではないか。
『……はぁ……俺だって本当はさ、一言ぐらい言いたいんだ……でもさ……』
ギュッとさらに手を握り締めて顔を俯かせた。
表情は見えないが今まで以上に悲しそうだ……
『……何年も一緒にいたのにさ、何て話しかけたらいいのかわかんないんだっ……』
馬鹿だよなと何も楽しくないのに笑っている彼は相変わらずいつもより優しい気がした。
でもその優しさは嬉しいようで悲しい……
この顔を僕は知っている……この顔は……
「(そんな顔しないで……)」
目の前から消えてしまう……そんな顔だ……
僕の前から消えてしまう……
昨日まで一緒にいたのに……
昨日まで楽しく話していたのに……
昨日から……これからもずっと……
好きなのに……
いかないで……
そう簡単に言えればいいのに……
その言葉はなかなか声には出てくれない。
『でも、最後に降谷とこうやって話せてよかった。ありがとな』
あぁ、だからそんな顔しないでよ……
その笑顔は自分にとって最後になってしまうなんて考えたくもない。
だけど自分には止める勇気なんてなかった。
「ごめん……」
『え?何で降谷が謝るんだよ』
お前は悪くないよと優しい手つきで頭を撫でた。
撫でられるのなんて好きじゃないけどこの人になら何をされても良い。
それだけ僕はこの人を好きなんだ。
でもその気持ちが届かないことぐらいいくら馬鹿な自分にだってわかっている。
こんな結末なんて望んでいなかった……誰も……
神様とは残酷だ。
そう思っても彼を助けることなんてできなくて、ただ心の中で手を伸ばしているだけだった……
End