夏色の恋
□おとぎ話の毒林檎
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「だーかーらー!絶対シンデレラだって!」
「何回も言わせないでよ、白雪姫だって……君がそこまで馬鹿だとは思わなかった」
「なんだとコラ!」
野球の練習も終わり風呂に入ってそろそろ寝ようと思っていた筈なのに食堂に電気がついてるのが気になって行ってみたらこんな状態だった。
言い合っているのは沢村と降谷で白雪姫だのシンデレラだのおとぎ話でもしているみたいだ。
「(つーか、俺の事全然気づいてくれてねぇ)」
後ろにいるにも関わらず2人は言いあっていて俺には気づいていない。
普段、球受けろだの何なの言ってくるくせにこういう時は気づかないなんて当分球は受けてやんねーとか子供みたいな事思いながらも咳払いをして無理矢理でも2人に気づかせた。
「あ!御幸!丁度いい所に!!」
嬉しそうに子犬のような目でこちらを見る沢村にうっ……と目をそらした。
こんな顔を他の奴にもさせるなんて正直言って気に食わない、俺だけの前だけにしろよなんて言えるはずもなく続く言葉を待つ。
「毒りんごを食べて眠ったのってシンデレラだよな!」
なるほど、さっきの言い合いはその事だったのか。
自信満々に言う沢村になんか悪いなと思いながらも答えようとすると降谷に先をこされた。
「だから違うって、白雪姫だよ」
「お前は黙っとけ!」
むうぅと降谷を軽く睨む沢村はどう見ても可愛いとしか言えなくて降谷もそう思っていたのか少し頬を赤く染めていた。
だからそういうのは俺の前だけにしろってなんてまたもや思うものの付き合ってもない自分がそんな権限ない事ぐらいわかっていて苦笑いするしかなかった。
「あー……白雪姫だな」
「えぇぇ!?嘘だろ!?白雪姫ってガラスの靴落として行く奴じゃないのか!?」
「それがシンデレラだな」
「そ、そんな……」
がーんと音が聞こえそうな勢いでショックづく沢村は本当に喜怒哀楽が激しい。
それにしてもそれを間違ったぐらいで何でそんなにもショックを受けているのだ?
「はい、約束通り、明日のからあげ1つ貰うからね」
「ううぅ、仕方ない……男に二言はない……」
悔しそうにそう言う沢村、なるほどだからショックだったのか。
というか、唐揚げ1つでそんなにもショックなのか。コイツは
少し笑みが漏れていたのか沢村はムッとした顔をした。
「何笑ってんだよ!人の不幸を笑うとお前もシンデ……じゃなかった白雪姫みたいになるぞ!」
「はっはー、悪い悪い、お前が馬鹿過ぎて笑ってたわ」
「なっ!?……こ、この!!」
「はいはい、怒るなって……明日俺の唐揚げやるからさ」
その言葉をつぶやく途端ピンっと耳がたったかと思うと嬉しそうに笑う。
本当か?っと嬉しそうに笑う沢村にまぁ、たまにはなと笑ってみせた。
「へへー約束だからな!」
「はいはい、というかお前らそろそろ寝ろ、明日も早いんだから」
そう言うとうわ!もうこんな時間だ!?と気づいていなかったみたいで行くぞと降谷を連れて寮に戻っていった……
2人がいなくなった食堂は悲しいほど静かになってしまった。
「唐揚げ1つであんなに喜ぶなんて馬鹿だよなぁ……」
あんなことで喜ぶなら毎日だってアイツに唐揚げを上げてもいい、毎日だって球を受けてやりたい、毎日だって話相手になってやりたいし、いろんなことをしてあげたい。
だけどそんな事すれば流石のアイツも自分が好意を向けられてる事に気づいてしまうんではないかと不安になる。
それならばあえて冷たい態度をとって、気づかれない様にする方が全然いい。
この関係が壊れてしまう方がよほど怖い……
人の不幸を笑うとお前も白雪姫みたいになるぞ!
急に沢村の言葉がよみがえった。
白雪姫みたいになるのはいいことな筈なのにアイツは何をもってそんな事言い出したんだろう。
毒林檎を食べて死ぬぞって言いたかったのだろうか。
だけど、白雪姫は例え死んでも王子様に巡り会って生き返るのだ。
きっとアイツの事だ……決められた運命を辿って好きかどうかもわからない奴と結ばれるぞってとこらへんだろ。
でも俺にとってはその方がずっとよかった気がする。
「そうすればアイツの事諦められる」
もし毒林檎がこの世に存在して、それが毒林檎だとわかっていて食べる人間なんてそうはいないかもしれない……
だけど自分ならきっとそれを食べる……そんな気がする。
例え運命の人が迎に来なくても……
「はは、何俺そんな存在しない物の事考えてるんだろ」
毒林檎はただのおとぎ話。
存在なんてしなくて、欲しくても掴めなくてまるでそれは……
君みたい
アイツは自分にとって毒林檎のような存在なのかもしれない。
そんな事を言ってみればきっとアイツは笑うだろうな。
でも、林檎みたいに他の奴に食べられないように……なんて願う自分は相当馬鹿だ。
「ほんと俺って人の事言えねーな」
悲しいそんな呟きも静かな食堂に消えてしまった……
End