怪盗クイーン

□千夜一夜を物語る夢は彼方へ彷徨う
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「………ピラミッドですか。」
「ピラミッドだね。」
「……砂漠ですか。」
「砂漠だね。」
はぁ〜、と。深いため息が聞こえてくる。二人の怪盗は、大きなピラミッドの前に居た。
「何だか懐かしいね〜。」
「そうですね。」
感情のこもっていない返事が帰って来る。クイーンはめげずに、歩き出した。後を追い掛けるジョーカー。
「で、これからどうするんですか?」
「モロッコに行く。」
「………なら何でモロッコで下ろしてもらわなかったんですか?」
「………。」
黙り込むクイーン。ジョーカーは、この人はまたか、と確信していた。
「駱駝に乗って砂漠越えをしたい。そうですよね?」
彼の怒った声が後ろから聞こえて来るので、こくり、と頷くだけであった。
「分かっていますか?砂漠越えは、とてもきついんですよ?いつも美白がどうだこうだ言っている人が、越えられるとは思えません。」
「………。」
返事も帰って来ない。ジョーカーは呆れ、クイーンの腕を掴んだ。
「………何だい。」
「今からでも遅くありません。先程下ろしてもらった場所に帰りましょう。」
「嫌だ!」
「………」
この大人は。本当に自分より年上なのだろうか。ふと疑う事が何度もある。ここまで頑固で我が儘な男に出会った事があっただろうか。
「ジョーカー君。君は、好奇心と言う物が。」
「そんなもの、砂漠では必要ありません。ただ死ぬだけですから。」
クイーンは渋々ジョーカーに付いて行った。

結局トルバドゥールでモロッコまで向かい、下ろされた。そしてモロッコで格安のホテルに泊まった。二人共、観光客に変装して。
「………何故此処。」
「今回は、観光客に変装するんですよ?それに、下手に高いホテルに泊まっていたら、色々盗まれます。」
モロッコの情勢は、エジプトと大差がない。ジョーカーも良く調べているようだ。クイーンは深いため息を付き、渋々そのホテルへ入って行った。

チェックインを済ませ、ほとんど入っても居ないスーツケースを持って、エレベーターまで行く。そして、3階へ到着し、指定された部屋へ。今時鍵のホテルがあるだろうか。鍵を開け部屋の中に入る。それなりに綺麗だ。
「ま、我慢か」
今回のクイーンの変装。日本人で名前を姫野隼人(ひめのはやと)。年齢28歳。職業考古学者。モロッコへは新しい発見を。
ジョーカーの変装。隼人の親友で、名前を遠藤輝(えんどうひかる)。同じく28歳。職業天文学者。親友の頼みで一緒に旅をしている。
こんな感じだ。
「………あの、どうして僕の設定で、旅の目的が貴方の為、何ですか?」
「当たり前じゃないか。親友の頼みを聞くのが、親友なんじゃないのかね?」
呆れるジョーカー。さて!とクイーンが手を叩いた。
「此処のモロッコ側の方の砂漠で、あの宝石は見つかったらしい。そしてエジプトの博物館には持って行かず、此処モロッコのとある場所に保存されているようだ。」
「とある場所?」
「ああ。勿論、一般人じゃ入れない。考古学者なら入れる!」
だから今回の変装は、そう言う事なのだろうか。納得したジョーカー。
「それは、何処にあるんですか?」
「………確か、砂漠を北に進んだ方向に、一つだけ聳(そび)える塔がある。そこの中さ。」
少し自信の無いクイーン。何故なら、宝石が発見された以降のデータが、何故か消えていたそうだ。RDもそれに関しては、不審に思っていたようだ。
「……どうも、良い気がしないね。」
「えっ?」
「そうじゃないか。………あれだけ騒いでおいて、データが消えている。それに、考古学者とかしか入れなくなっている。………きっと何かあったんだ。」
そう考えるクイーン。TVで放送していたのに、何故入場制限が掛かったり、データが消えたりするのだろうか。
「………僕も、嫌な気がしてきました。クイーン。気を抜かないで下さいね。」
「勿論!分かっているさ。」
クイーンなら大丈夫か。ジョーカーは少し安心していた。だが、心の何処かでは何かがざわめいていた。


それから二人は、砂漠の中を歩くのでそれなりの身支度をして、ホテルを出た。
「クイーン。今回は勿論、ジープで移動しますよね?」
「………駱駝。」
「何時間掛かると思ってるんですか!」
「いや、寧ろ駱駝じゃないと駄目だ。………あの塔は。」
クイーンの目が本気だ。つまり、何かがあると言う事。ジョーカーは仕方なしに、駱駝で砂漠を越える事に賛成した。




仙太郎はバルクからとても興味深い話を聞いていた。
「………死の宝石。」
「ああ。気になるか?」
「勿論!」
探偵卿と言う自覚が無い仙太郎だが、何故か気になっていた。
「……なら、特別にあそこに入れてやるか。」
「?」
「………とにかく、俺に付いて来い。」
バルクは椅子から立ち上がり、家を出て行った。慌てて後を追い掛ける仙太郎。そして駱駝に乗れと言われ、乗る。
「少し長旅になるかもしれないが、良いか?」
「ああ!」
覚悟なら出来ている。日本を出たあの日から。
「よし、じゃ、行くか。」

両者が同じ目的地を目指しているとは、両者とも予想もしない事だろう。




クイーン達の方が先に砂漠に出ていた。
駱駝の旅は、一見優雅に見えるのだが、実は過酷な旅。分かっていても、駱駝で行動しなければならないのだ。
それが、ゆっくりと進まなければ入る事の出来ない塔ならば。
「………ジョーカー君。」
「何ですか?」
「……オアシスがあるかな。」
「……あると信じましょう。」
クイーンは、どのくらいの距離で塔が見えるのか、知らない。場所は、砂漠の中にあると言う事しか分からないのだ。頼りになるのは、感だけだ。
「………そうだ。此処で一つ、お話を聞かせてあげよう。」
「………下らない話でしたら、聞きませんよ。」
ジョーカーの冷たい態度に慣れたのか、怒らないクイーン。
「………………それは、赤い月が出る日だった。私はホテルから夜の砂漠を見つめていた。赤いワインをグラスに注いで。それを一口飲んだ時だった。何かが砂漠の方から放たれたのを見た。一体何だ?と思い、グラスをテーブルに置き、ソファーから立った時だった。突然部屋の扉を破って、誰かが入って来たんだ。そして私を捕まえて、何処かに連れて行ったのさ。………昨日の夢さ。」
一見ふざけたような話だが、クイーンの目は本気だ。
「……続き物かね。」
「………夢で続きが見られますかね。」
「………」
黙り込むクイーン。ジョーカーの話しを無視しているのか、聞いていないのか。とにもかくにも、ジョーカーはいつ塔に着くのか。その事だけを考えていた。





仙太郎とバルクは、クイーンより2時間遅く砂漠に来ていた。彼らも駱駝で。
「………しっかし、どうして駱駝じゃないと、その塔に行けないんだ?」
「……………さあな。」
一瞬躊躇ったのは、何だったのか。仙太郎はそれを見逃さなかった。
「………お前、何か知ってんだろ。ただのキャラバン隊じゃねえな。」
彼の瞳は、銀色へと変わっていた。
「俺の推測が正しければ、お前はそこの塔に、荷物を運んでる運び屋。キャラバン隊と言うのは偽装工作の一つで、本当は危ない物でも運んでる、とか。」
それを聞いたバルクは、深いため息を付いていた。
「………お前、瞳の色が変わると、途端に鋭い喋り方をするな。……ああ。俺は、キャラバン隊じゃない。お前の言う通り、その塔に物資を運ぶ者だ。だが、決して危ない物は運んでいない。」
彼の瞳は嘘をついているようには見えない。事実を述べたのだろう。仙太郎は頷いた。
「………!やべっ。」
先程携帯が鳴っていた事を今更思い出した。勿論此処は圏外なのだが。一応メールだけでも確認しなければ。ルイーゼからのメールだ。
『こんにちは。旅はどう?自分探しの旅も良いけど、探偵卿としての自覚を持ってちょうだい!で、早速任務なんだけどね。詳しい事はヴォルフちゃんから聞いて。じゃ、宜しく。』
一瞬言葉を失う仙太郎。折角優雅な旅が送れると思ったのだが。また捕まってしまった。
「………どうした。」
「……いや、俺の母親が心配でメールを寄越してただけだ。」
適当な嘘をついて、誤魔化す。この男に下手に自分が探偵卿、などと言えるものではない。
「………大変だな。」
「ははっ、まあな。」
そして目的地を目指す。
ヴォルフは何処から現れ、仙太郎に任務の内容を話すつもりなのだろうか。仙太郎は常に警戒しながら進んでいた。




クイーン達の方が、早く塔に到着した。
「………大きいですね。てっぺんが見えません。」
「……そう、だね。」
しばし、空を見上げる。一体この塔は何処まで伸びているのだろうか。
「………こうしてみると、バベルの塔を思い出すね。」
「……………神の怒りに触れた塔、ですよね。」
「ああ。………人間は神に反抗しようと天まで届く塔を建設しようとしていた。だがそれを見た神は怒り、人間の言葉を多数に増やしてしまった。そして誰も皆の言葉が分からなくなり、散り散りになった。そしてバベルの塔の建設は終わった。一応それが、日本語や英語に別れた理由の一つ、としても言われているね。」
珍しくクイーンがまともな事を言ったので、ジョーカーは彼を見つめていた。
「………何だい。行くよ?」
「……………はい。」
クイーンに付いて行くジョーカー。


塔を覆う門の所で、ここに何の用だ、と警備員に言われたので身分証明章と派遣されてきたと言う書類も見せた。そして難なく中に入る。
門の中は、とても砂漠の中とは思えない施設だ。まるで此処はオアシスか、と思わせる作りだ。木々や草花が生え、水を使いそれらに水をあげている研究員の姿も見える。
「………すごい所ですね。」
「ああ。嫌な気しかしないよ。」
ふとクイーンを見るジョーカー。彼の表情は少し強張っていた。
「………ジョーカー君。絶対に何が何でも私から離れない事。」
「はい。」
これはきっと警告だろう。あのクイーンがこのような事を言うのは、とても珍しい。
一体この塔の中に、何があると言うのだろうか。
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