怪盗ジョーカー U

□憎まれる存在でも
1ページ/1ページ


力を失った訳では無い。だが僕は、確実に弱くなっていた。永遠の時の中を生きるヴァンパイアでも、”慣れ”と言う物には勝てず、今に至る。
人間と馴れ合い、人間の良さを知る。だが憎むべき相手。どうしたら良いんだろうか。
奴……ジョーカーに出会い、僕の運命は大きく変わった。何故こうして、人間を狩らずに大人しくしているのだろうか。きっと他のヴァンパイアが居たら、僕の事を憎むんだろうな。居なくて良かったよ。………だが、同士が居ないとなると、色々と難しいものだ。地球上から人間を消し去ると言う目標があるとね。


深い森の奥に、僕の家はある。そこは光が届きにくい場所であるため、僕にとっては住みやすい場所。人間からしたら、住みにくい場所さ。
そう言えば……最近は人間を食っていない。いや……正確には、血を吸っていない。だからなのか、身体が血を求めていた。ジョーカーの血を、吸いたいね。けどそうタイミング良く彼が居る訳ではない。どうしたものか……。そんな時だった。人間の匂いがしたのだ。僕は窓からその様子を見ていた。あれは………。

「ったく。何でこんな日に限って、お前と鉢合わせになるんだよ、スペード」
「君が勝手に現れて、宝を横取りしたんじゃないか」
「いいや、あの宝は俺が最初に盗ったんだ!」

ジョーカーと……、もう一人は、怪盗スペード、だっけ?確か昔からの怪盗仲間とか……。ふーん。あれがねぇ……。まぁ、ジョーカーの仲間なら、血は貰わないさ。道にでも迷ったのかな?じゃなければ、こんな森に来ないよね。仕方ない。招き入れてやるか。僕は2階から螺旋階段を降り、玄関の扉を開けた。
「っ、シモン……」
「やぁ、ジョーカー。道にでも迷ったのかい?」
「まぁ、……そうだな。なぁ、ハチが来るまで、待ってても良いか?」
「ああ、勿論さ」
スペードは、誰?と言う顔で僕を見ていたから、ジョーカーが慌てて説明していた。まぁ、信じられないような話になるだろうけどね。

二人を屋敷に入れ、リビング……と呼べる客間へと案内した。
「汚くてすまない。ちょっと、模様替えをしようとしていてね」
「大丈夫だぜ」
本や紙が所々散乱している部屋。まぁ、元はリビングじゃないしね。仕方ない。
「あー……紅茶で良いかな?」
「えー」
「……分かったよ。ジョーカーは珈琲で良い?スペード……だっけ?君は紅茶で平気?」
「あっああ」
ジョーカーは珈琲でも文句を言っていたが、これぐらいしかないから、もう出す事にした。スペードは僕の事を疑っているらしく、睨みつけている。そりゃ、ヴァンパイアなんて、信用出来ないよね。

僕はキッチンに向かうと、紅茶と珈琲をそれぞれ淹れていた。スペードは砂糖いるのかな?分からないから、取り敢えず色々持って行く事にした。


「お待たせ」
ジョーカーに珈琲、スペードに紅茶を渡した。
「……どうも」
「……毒なんか入ってないよ」
「分かっているよ」
とか言いながら疑ってるから、ちょっと傷付くよね。ジョーカーは何も疑わずに飲んでいる。それが何となく嬉しかった。
「なぁ、シモン。俺、腹減ったんだけどさ、何かない?」
「何かって……」
うーんと悩んでいると、スペードが立ち上がった。
「何処へ行くんだ?」
「キッチンさ。行けば何か見つかるかもしれないだろ?」
僕の屋敷だって事、分かってんのかな。僕はため息を付くと、彼について行った。


スペードは冷蔵庫を漁っていた。
「何もないと思うよ?僕は食べなくても生きて行けるしね」
「………そうだったね」
呆れるよ、この人間には。いい加減、諦めたら良いのに。僕がため息を付くと、スペードは冷蔵庫から離れ、僕の所に来た。
「何かないのかい?」
「だからないって……」
「………なら、ジョーカーをどうする?あいつ、飯が食えないと煩いよ?」
そんな事、知ってるさ。何度もそんな場面に遭ってるよ。
「人間の肉で良ければ直ぐに手に入るけど……嫌だろう?」
「当たり前だ」
共食いは嫌なもんかな。僕には分からないな。生き残る為なら相手を殺さないと。って今の人間達にそれは言っても無駄か。最終手段があると言えばあるんだが、だったらジョーカーを連れて行かなくてはならない。
「………こうなったら、街に行くかい?」
「街?近くにあるのか?」
「一応ね。けど、この森は迷いの森。僕が一緒に居ないと、街に辿り着く事や、此処に帰って来る事すら出来ないと思うよ」
暫く黙るスペード。何を疑う必要があるのかと思うのだが、彼は人間だ。疑うのが当たり前なのだろう。
「………分かった。それなら行こう」
キッチンから出て、ジョーカーの所に向かった。そして彼にこれからの事について言うと、早く行こうと言われた。


屋敷を出て僕達は、街へと向かった。森の中を歩いてる途中、何度もスペードに、こっちで合っているのかと言われた。ヴァンパイアの感は正しいんだから、少しは信じて欲しいよね。
そして街に着くと、スペードは驚いた顔で僕を見ていた。これぐらい、当たり前だっての。全く。
街の人気のレストランに向かい、そこで食事をする事にした。お金は?と聞かれたが、人間を殺した時に貰って来たやつを持って来ているので、心配ないと告げると、ジョーカーは嬉しそうにしていた。
「シモンは……何も食べないんだっけ?」
「ああ。人間の食事は、ただの灰と変わらないしね」
「………ヴァンパイアって、不思議だね」
「まぁ、ね……」
自分でも良く分からない存在なのは確かだあって。何でこんな何だろうか。何だか、僕達ヴァンパイアを研究している人間の方が、ヴァンパイアを知ってそうだね。
店に入り、席に座り、ジョーカーは好きな物を頼んでいた。スペードは控えめなのか、単にお腹が減っていないのな、デザート類を頼んでいた。

人間、か。人間の中で信用出来るのは、ジョーカーだけ。それ以外は信用したくもない。どうせ僕の事を嫌い、葬りさろうとするだろうから。
だからジョーカーだけが居てくれれば、僕はそれでいい。君だけで良いんだ。この世界に必要なのは。
「シモン。お前、何も飲まねぇのか?」
「………あぁ、血以外飲めないんだ」
「……え、ま、マジ?」
「………そうだね。せめて水ぐらいなら平気かな」
「なら頼むよ」
変に気を使わなくても良いのに。それとも、人間が沢山居る場所だから、怪しまれないようにしたいのかな。それなら、乗ってやるか。僕は運ばれて来た水を飲んだ。……味も何も感じない。人間は良くこんな物が飲めるね。って、人間の身体の殆どは水分だっけ。なら、そうなのか。ジョーカーは沢山食べていた。余程空腹だったらしい。スペードは、そんなジョーカーを微笑ましそうに見つめていた。何から腹立つな。いくらお互いが怪盗で幼馴染みとは言え……。見ないでおこう。そうでないと、彼を殺しかねない。



ジョーカーが満足した頃、僕達は店を出た。
「あー、なぁ、ハチをここに来させていいか?」
「僕の屋敷が嫌かい?」
「あっいや、そう言う意味じゃなくてさ……。森の中だと分かりにくいかなって」
そう言う事、か。まぁいいか。僕はいいよと言った。ついでか知らないけど、スペードもそうすると言ってきた。
「なら、僕はここでお別れするよ」
「何で?」
「………そっちの怪盗に、良いように思われてないみたいだしね」
むっとするスペード。だって、そうだろう?君は僕の事が嫌いな筈だ。得体の知れない生き物で、ジョーカーを狙っていて。これで好きだって言う方がおかしい。だから僕は、闇の中へと消えた。
「シモン………」
「………ジョーカー。何であんな奴を、野放しにしてるんだ」
「え、だってもうアイツは俺を襲って来ないし……。それに……」
「それに?」
「………(アイツは、生まれて来る事を憎んでいた。そして、やっと消されたかと思ったらまた蘇って。今度は何を仕出かすか、目が離せないんだよな。………スペードには、言ったら駄目か)いや、何でもない。とにかく、俺はあいつを信じてる」
「………後悔しても、君に何かあっても僕は知らないからな」
「ああ」



二人の会話を、聞く気は無かったんだけれど聞いてしまって。本当に嫌われてるね。まさか、ここまでとは思わなかったよ。……憎まれる存在、か。分かっては居たけど、何だかな。けど、良いさ。僕の存在を、一人でも信用してくれる人間が居るのならば、僕はここに居ていいんだ。そうだろう?ジョーカー。







END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ