怪盗ジョーカー U

□遠い距離
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ふざけてやがる。

何故この俺があんな二人と、差が目に見えるくらい、あるんだ。おかし過ぎる。俺の方が、ジョーカーの事を良く分かってる筈なのに。なのに何故……。


それは、ほんの一時間前の事だ。俺がジョーカーの飛行船に来た時、その光景が目に入った。
スペードがジョーカーとの幼い頃の写真を見ている光景だ。俺が知らないジョーカーを知るスペード。だが向こうだって、知らないジョーカーの一面がある。そう思っていたんだ。……だが俺よりも沢山知っていた。それが、何故か俺を苛立たせていた。と、そこに怪盗ナイトメアが現れた。スペードが嬉しそうにジョーカーの写真を見せた時だ。負けずとナイトメアも写真を取り出していた。それを見たジョーカーは赤面し、スペードは笑っていた。多分、スペードが知らないジョーカーの一面が納まっている写真だろう。……俺が知らないジョーカー。それが酷く、気に入らなかった。
「……あのー、シャドウ。みんなの所に行かないんスか?」
「………うるせぇ」
俺はハチを蹴り飛ばし、その場から逃げるように去ってしまった。

俺が知らないジョーカーって、寧ろ何だ?
泣いた顔、笑った顔、頬を真っ赤に染める顔、驚いた顔、嬉しそうに微笑む顔……。全てを見て来た筈だ。それなのに、この敗北感はなんだ。いや、そもそもまだその写真を見た訳じゃない。……見る価値はある筈だ。
俺は覚悟を決めて、三人の所に行った。

「よう、楽しそうだな」
「あっシャドウ。丁度良い所に。ほら、見てくれ。このジョーカー可愛いだろ?」
「ばっ!勝手に見せんなよ、スペード!!」
スペードに見せつけられた写真。それは、幼い頃のジョーカーの寝顔。……こんなジョーカー、知らねえよ。苛ついた時、ナイトメアにも写真を見せられた。
「このジョーカーも可愛いだろう?ニホンのお祭りに行った時、ジョーカーが快く着てくれてね」
そこに映っているジョーカーは、浴衣……だっけ?それを着て、照れている。しかも女の服らしく、赤面している。こんなジョーカーも、俺は知らない。
俺はその写真をばらまくかのように、手で払いのけた。そしてその場から、走ってしまった。くそっこれじゃ……。
「何だよ、アイツ……」
「………おや、少し悪い事をしたかな?」
「ナイトメア。ああなるって分かっていただろ?性格悪いね」
「君の方こそ」


俺は、客室に逃げ込んだ。くそっなんだ、このモヤモヤは。嫉妬?まさか。この俺が。
……くそっ。くそっくそっ!!苛々しやがる。なんでこんな気持ちにならなきゃいけねえんだ。俺が何をしたって言うんだ。……そりゃ、今までジョーカーの敵だった。俺は、ジョーカーの仲間を苦しめたりもした。そう、ナイトメアやスペードがした以上に、しつこく。あいつらは、ジョーカーと戦って心を入れ替えたようだ。まぁスペードは元からジョーカーとは、仲間だったらしいが。
仕方がなかったんだ。ローズを……人質に取られ、何も出来ない俺には、出来なかった俺にはああするしか、従うしかなかったんだ。ジョーカーに恨まれても仕方がない、か。いやそれにしてもだ。……あの二人を超える事は、出来ないのか。もう訳分かんねぇ……。俺はドアに寄りかかったまま、ずるずると地べたに尻を付いていた。頭を抱えて。シルクハットもマスクも取り、上を向いた。窓の隙間から入る月夜は、綺麗だ。だが、何故だろう。それさえも眩しく思える。
ずっと暗闇に居た人間に、いきなりの光は、強すぎたんだろうか。夢を見過ぎたんだろうか。望みすぎたんだろうか。
ジョーカーに出会って、俺の人生は大きく変わった。ローズが捕まり、俺はなりたくもないジョーカーの”影”になっていた。少し似ているだけで。元々はジョーカーのせいなんだ。あいつがあの日、俺と入れ替わる事をしなければ、俺はローズを守れ、プロフェッサーの下には行かなかった筈。だが皮肉なもので、俺はジョーカーに惚れた。あの真っ直ぐな瞳に。勿論たった一人の家族、ローズの事も大切だ。だがジョーカーの事も、それ以上に大切で。アイツに会う度に、アイツが仲間やらを助けている姿を見て、俺は少しずつ惹かれて行った。惚れたもん負けって言うが、本当だな。
……憎むべき相手が愛する相手に変わった時、どうしたら良いんだろうか。そうは言っているが、俺はジョーカーの色んな顔が見たくて、色々やった。一緒に宝を盗むとか言いつつ、デート紛いな事をしたり。ハチが迎えに来ない時は、一緒の布団に入ったり。そんな事を、他の誰もがした事がない様な事をして、俺は優越感に浸っていたのかもしれない。けどそれはとっくに皆がもうやった後で。俺は序論を熟しただけであった。


「………シャドウ?ここに居るのか?」
ジョーカーの声が、聞こえた。多分扉の向こうに立っているんだろう。俺は小さく返事をした。
「……その、ごめん」
「………何故お前が謝る」
「いや、だってさ。………その、知らなくて」
「………何を」
「えっと……。お前が俺の……いっ一番になりたいだなんて……。あっ」
しまったと言う声も一緒に聞こえて来た。一体誰からそんな事を聞いたんだ。と思ったが、多分あの二人だろう。だがあいつ等だってジョーカーの一番になりたいんじゃないのか……?だったら矛盾している話だ。
「……誰からそんな話を」
「……………ハチ、です」
意外だった。まさか、あのチビが……。と言うより、何故分かった。疑問が俺の心の中で渦を巻いていた。
「………開けてくれないか?」
「駄目だ」
「……ナイトメアとスペードなら、帰ったよ」
「それでも駄目だ」
こんな顔、誰にも見せられねえ。そう俺は、涙を流していた。勿論無意識に、だ。誰がこんなもん、流すか。無意識じゃ無ければ、出る筈がない。きっと。
「………シャドウ。俺……」
「……ジョーカー。良く覚えとけ。お前のライバルは、この俺だけだと」
「うん……」
涙を拭い去り、マスクを付け、シルクハットも被り、俺は立ち上がってドアを開けた。
「………シャドウ」
何でお前が泣きそうな顔してんだよ。止めろよ。
俺はジョーカーからするっと離れ、この飛行船から出ようとしていた。どうせ地上に着陸してんだろ。
ハチはオロオロしているようだった。俺がジョーカーと喧嘩しないかと、不安だったようだ。俺は黙って飛行船から出た。此処に居たら、ジョーカーに何をするか分からないからな。

俺があの二人に勝たなきゃ意味がない。何が何でも勝って見せるさ。











END

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