magi

□きみとしあわせのはかり
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読書をしていたら、控えめなお声が聞こえてくる。
本から顔を上げてみると紅玉が入りにくそうに壁を盾にして顔だけ覗かせている。


「あの白琴お義姉様、白龍ちゃんから聞いたのですけど、今日はお義姉様の誕生日だそうで。私、その紅炎お兄様みたいに高価な贈り物などできませんが、よかったら花冠を作ったのですが、よかったら受け取ってください」

「ええ、是非。そんなところに隠れていないで、此方に来てください」

「し、失礼します」


恥ずかしそうに顔を赤くしているあたりが可愛らしい。
最近の白龍は可愛らしく笑ってはくれなくなり、寂しい思いをしていたから紅玉のような子が義妹にいることが、とても嬉しい。
おどおどとしているのは、母親の身分のせいだろう。
でも、私からすれば紅徳帝の血を引いている時点でそんなこと気にする必要ないのに。


「あのお義姉様、私白琴お義姉様の義妹になれてよかったです」

「私も紅玉みたいな可愛い子が義妹になってくれて嬉しいわ。それに、一番に祝いに来てくれて嬉しいわ」

「えっ、そそそれは紅炎お兄様よりもですか」

「ええ、紅炎様はまだいらっしゃっていませんよ。いつ来るかは紅炎様の気分でしょうね」


ふふっと笑っていると紅玉の顔が青ざめている。
どうしたのだろうと思っていたら、「お、お兄様よりも先に祝ってしまうなんて私…ど、どうしたらいいのでしょう」と、いまにも泣きそうな顔に変わる。
紅炎様のことを気にしてしまったのか。気にすることはないのに。
毎年、紅炎様は夜になるとふらっと現れては朝まで寝台で共に過ごすだけ。
何をするでもなく、ただ添い寝をしお互の温もりを感じるだけの関係だった。
その日だけが私にとって特別な日だった。
夜を共に過ごすのは、決まって私の誕生日だけだったから。


「心配なさらないで、きっと紅炎様は夜にしか現れないから」

「どうしてですの?お兄様とお義姉様はとても仲睦まじい夫婦ですのに」

「毎年、この日だけは紅炎様と共に過ごす時間が一番長い日だったのよ。いまでは、そう思えなでしょうけどね。私と紅炎様が本当に解り会えたのは最近のことなのだから気にしないで」


そう言っても、紅玉には逆効果だったみたいで余計におろおろしてしまった。
どうしようかと思い、昔話をすることにした。
「ちょっと、退屈かもしれないけれど紅炎様が来るまでの間、私の話を聞いてくれるかしら?」そう問えば、「はい」と嬉しそうな声を上げるから、それだけで微笑ましくなってしまう。


「昔々、三国が争う中に産まれた姫は従兄であり重臣であった男に恋をしました。その男は姫には忠誠を誓っていましたがそれは決して恋心からではありません。姫の兄である第一皇子、第二皇子への忠誠と同じく、皇帝の血筋だからでした。姫はそのことに幼すぎて気づけませんでした。ただ優しくそばにいてくれるその男のことを物語で読む王子と同じだと勝手に勘違いし、父である皇帝にその男と結婚したいと頼みました。皇帝はその男の父であり、自身の弟である大臣と相談した末に姫の許嫁とすることを重臣や兄立ちの前で発表しました。姫はとても喜びましたが男は驚きに満ちた瞳を皇帝と自身の父親に向けていました。その日を境に、男が読書をする横で姫も読書するようになり、宮中では仲睦まじい姿と囁かれていることを、幼いながらに姫は喜んでしました。それでも、男の気持ちを理解することは出来ずに時は過ぎ、嫁ぐことになりました。嫁いでからも男の姫への忠誠心は変わらず、夫として接するよりも重臣として接することが多くありましたが、それに対して気づくこともなく幸せに過ごしていたある日、兄である皇子たちが逆賊に殺される事件が起こり、姫は塞ぎ込むようになりました。男はそれかあまり姫に近づくことはありませんでした。姫は姫で、男に見放されたと思い、また恨むことはお門違いとわかっていてもその男を恨まずにはいられませんでした。それでも、姫の誕生日だけは何があっても夜だけは共に過ごしてくれました。手を出すこともなく、会話などなくてもただそばにいることを選び、姫もその行動を容認していました」

「お義姉様、それってお兄様との」

「ええ、でも私は本当に紅炎様の気持ちは知らないの。私の気持ちだけ推し進めてしまった婚約だったからか、本当に私でよかったのかは今になって考えてしまうの」

「まだ、そんなことを思っていたのか」


背後から聞こえてきた声にぴくりと動くが、後ろを振り向ことが叶わなかった。
後ろから抱きしめられているのだと気づくと、何だか恥ずかしくなる。
紅玉は顔を赤くしながら「わ、私は白龍ちゃんと稽古の時間ですので、しし失礼しますわ」と出て行ってしまった。
後ろでは少々不機嫌な男がいるのだろうと思うと、不謹慎だと思うけれどついつい笑みが溢れてしまう。


「遅くなったが、来たぞ」

「毎年、ありがとうございます」

「好きでやっていることだ。それにしても、言葉足らずとは情けないな。俺は行動で示していたつもりだったが伝わっていなかったか?」

「そうですね。そばにいるだけで手を出されなかったので、魅力がないのだと思っていました」

「…馬鹿なことを考えていたな。嫌がる女を抱く趣味など持ち合わせていない」

「知っています。最近、やっと紅炎様の行動が少しずつですけれど解るようになりました」

「そうか。白琴は昔と同じでまた解りやすい女になっているな」


紅炎様に向き合えば、不機嫌そうな顔とは似てもにつかない柔らかい表情をしていてため、予想を外したことにがっかりしてしまった。
そんな私を満足気に抱き寄せ寝台まで運ぶ。
厚い胸板に顔を埋めれば、紅炎様は足を止める。
どうしたのかと思い、顔をあげれば狙ったかのように口付けられてしまう。
そんな私は幸せを掴んだのだと実感しながらも、その甘いひと時に溺れる。



20151105
title:空想アリア

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