magi

□裸足で踏みならすロマンス
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温かい気持ちに包まれている。こんな風に目覚めることが今まであっただろうか。
それほどに、目覚めのいい朝になった。
隣にいつもいるはずのないか人がいるだけで、私の気持ちはこんなにも変化してしまうとは。
自分の心の移ろいやすさに呆れてしまうくらいだ。
それでも、久しぶりに見る紅炎様の寝顔は穏やかなものである。


「…起きていたのか」

「はい。起こしてしまいましたか?」

「いや、大丈夫だ。それにしても、朝から何やら騒がしいようだな」


紅炎様の寝顔に気を取られていたせいか、宮中が騒がしいことに気づきもしなかった。
そこにちょうど、私の身支度をする侍女が部屋に来たために何事かと紅炎様が問うと、紅玉の婚姻が破棄になったということを伝えられた。
私は紅玉が戻ってくることを喜んでいたが、隣にいる紅炎様は何やら難しい顔をしながら「また、あとで来る」と言って部屋から出て行った。
きっと、これからのことを決めなくてはいけないのだろう。
紅炎様がなさろうとしていることにとって、重要なことなのだろう。
ぼーっと、紅炎様が出て行ったあとを眺めていると侍女が嬉しそうに話しかけてきた。


「白琴様、ようやく紅炎様と夜を共になされたのですね」

「あなたの思っているようなことは、ありませんよ」

「それは、別としてですね。これで、紅炎様に側室をというお話はなくなるわけですよ」


この子はずっと私の側に仕えてくれた子だから、気軽な話ができるため教えてくれた。
私のことをよく思っていない家臣たちから「婚姻してから数年経ったのに子ができぬ上に、夜を共にしたことがないのでしたら煌帝国のためにも側室を」と望む声が多数あったらしい。
でも、今日のことが宮中で広がればそのようなことをいう輩もいなくなるだろうと。


「それに、仲睦まじいお二人のことですからすぐに子など出来ます。安心してください。私が保障致します」

「そう。でも、私たちはようやく歩み寄れたのですよ」

「大丈夫です。自信を持ってください。白琴様のお側に仕えて何年だと思っていらっしゃるのですか。実際のところ、私は紅炎様より白琴様のことよく知っていると思っているくらいなのですからね」

「そうね。ありがとう」


彼女との会話の中で私は、勇気づけられていた。
こんなにも、周りからは守られていたことに気付けなかった自分を恥ずかしく思う。
それに、紅炎様は私に一度だってそのようなことは言わなかった。紅炎様に見捨てられていたと勘違いしていたあげくに、守られていたことさえも知らずに生きていた。
私は本当に狭い世界で生きていたのだ。




***




「白琴、少しいいか」そう声をかけてきた紅炎様の表情は、無表情に近いもので何も読みとれなかった。
いつも無表情のような気がしていても、その中で少しだけ変化は感じることができるのに、今はそれさえも感じることができない。


「どうしましたか?」

「陛下より征西軍総督として拝命した」

「はい。また、長い間会うことがかなわなくなるのですね」

「いや、俺はそこにお前を連れて行くつもりだ」


紅炎様の考えがわからない。私をどうして連れて行くなどと。
この国では、妻は夫の帰りを待ち家を守ることが風習でもあるのに何故そのようなこと言うのだろう。


「俺は癒しがほしい。俺を癒すことができるのは白琴、お前だけだ」

「…」

「付いてくるだろう。お前を俺は片時も手放すつもりはないことを証明してやる」

「…はい、紅炎様。私はあなた様の側を離れるつもりはありません」


涙で視界が狭まってしますが、紅炎様が微かに笑った。
そうだ。私はこの人の妻であり、支えるべき人なのだ。
今まで、私が支えられてきた分を今度は私が支え返さなければ。


「明日、発つ。今日中に身支度を済ませろ」

「済ませる必要などございません。この身ひとつあれば、十分だと」

「そうだな」

「お慕い申しております。紅炎様」

「ああ」


返ってきた短い言葉、私の中で反響して今まで以上に心が苦しくなる。
こんなに、苦しくなるのは私の心が紅炎様を好きだと張り裂けそうなくらいに主張しているからだ。
そっと、私の顎を持ち上げて唇を重ねてくる紅炎様の優しさに溶け出してしまうようだ。
もう、気持ちを抑えることなんてしない。
私を大事にしてくれる人がいるから。
何年も前に封じた気持ちが、また色を取り戻し始めた。




裸足で踏みならすロマンス


20140429

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