magi
□愛おしい感情だけがぼくらを苦しめているんだ
1ページ/1ページ
母上との面会以来、紅炎様と会うことに抵抗を感じるようになった。
紅炎様からのお誘いもすべて体調がよくないと断りを入れている。
きっとこの状態が長く続けば、あの人は鋭い方だからすぐに気づくだろう。
私が嘘をついていることに。
「白琴、入るぞ」
勝手に扉が開き、侍女たちが「困ります」「紅炎様」と慌てている声が聞こえる。
私はと言えば、ただ窓から外を眺めるだけで何もしていない。
こんな状態の私を見てあの人はどう思うのかしら。
怒る?呆れる?それとも、見放す?
「なぜ、起きている。体調がすぐれないのではないのか」
「…紅炎様こそ、何故ここにおいでになったのです。あなた様は大事な軍議があると聞いていました」
「そんなものは終った。お前は俺に嘘を吐いたのか」
嘘。その言葉がどれほど私を敏感にさせるか。
最初に私に嘘を着いたのはあなたじゃない!そう責めることができれば、どんなに楽なんだろう。
私にはそんなことができるほど、勇気は持ち合わせていない。
「何か言え。お前は誰かに何かを決めてもらわなければ何も言えないのか」
「…紅炎様!!白琴様もお疲れなのですよ」
「下がっていろ。いま、俺は白琴と話している」
私を庇った彼女を下がらせる紅炎様に、どう話していいのだろう。
怒りを露にしたこの人を止める術など私にはない。
それに、なぜ私はこうまで貶されなければならないのか。
誰にいつ何を決めてもらったと言うのだ。
「何故、泣く」
泣いているつもりなどなかった。ただ、自分の感情が制御できなくなっているのだ。
あの日、母上に会ったことにより私がいままで背負っていた感情が壊れ始めているのだ。
孤独。この感情が、母上の言葉により無くなりつつあった。
「私を…あなた様は何故、そばに置くのです。あの時、私を追い出すことさえできたのに、何故…今更、私に歩み寄ろうとするのです。母上とも会うことが叶わなかったのは、すべてあなたのせいだとお聞きしました。紅炎様」
「…答えが必要か」
子どもの泣き言のような言葉を聞き終えたあの人から発せられた言葉。
答えとは何か。そもそも、これに答えがあるのだろうか。
こんな感情的な言葉に。
この人に感情があるのか。
「お前をそばに置くのは俺の好きでやっていることだ。興味のない者はそばになど置かない。それに、俺は側室などいない。お前だけが俺のそばにいていいからだ」
紡がれる言葉は私を安心させようとしているのか、本心なのかわからない。
私はいま、誰を信用していいのかがわからないからだ。
「それと、母上に会わせなかったのではない。あの方自身が、お前と会おうとはしなかっただけだ」
「嘘よ!!!母上はこの前、私に会いに来てくれました。会えなかったのは紅炎様が会わせてくれないからと、愛する我が子と母上は言ってくれました」
「あの女がそんなことを言ったのか」
「母上は…母上は私のことを…」
「白琴、俺とお前のいた時間はそんなにも短いものだったか」
突然、視界が暗くなった。そして、暖かい温もりが全身を包む。
母上に抱きしめられた時に感じた温もりとは違った、すべてを抱きしめてくれる温もりだ。
この人は何故、私を抱きしめる。
「俺は、お前のことを煩わしと思ったことはない。手放そうとも思ったことはない。お前が俺を嫌いだと思っていても、それでいい。俺が憎ければ憎いでいい。それでも、俺はお前をそばに置く。いいな、白琴」
紅炎様から紡がれる言葉は、私が幼い頃に望んだ言葉だ。
すべてを投げ打ってでも守ってくれる人と結ばれたい。そう思っていた私が、紅炎様の近くで読んでいた本に有った言葉と同じだ。
この人があの本を読んでくれていたとは驚いてしまう。
男の人が読むような本ではないのに、紅炎様は読んでくれていたのか。
「その言葉…」
「ああ、お前ならわかるだろう」
「私の好きだった本の…。お待ちしていました紅炎様」
流れ溢れてくる涙は、私のもの。
さっきまで、疑っていたはずの紅炎様に申し訳ないと思ってしまう。
だって、私の好きな本を知っているのは紅炎様だけで、その好きな台詞まで覚えてくれていた。
母上のあの時の顔を思い出せば、すべてが嘘になるのだろうか。
ただ、紅炎様が私に嘘など申す訳がないと思えばいいのか。
わからない。けれど、いまは紅炎様の胸を借りて泣くことしかできなかった。
02140328
Title:リラン