magi

□春は穏やかに青く色付く
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外の日差しが眩しい。外に出ることが、いままであっただろうか。いや、なかった。
いつもただ部屋にいるだけで、なにも感じないような日々を過ごしている。
そんな私のことを人はなんて呼ぶのだろう。
哀れなお姫様、籠の鳥、いろいろな呼び方をきっとしているのだろう。
そして、一番可哀想な人は私ではなくてあの人。
紅炎様にとって、なんの特にもならない無能な正室。


「今日はどういったご要件で外に?」

「…宮中の外には出たことがあるか?」

「いえ、ありません」


何の質問なのかは、わからない。
私の世界は狭い。紅炎様も言っていたように、私は世界を知らない。
それに、宮中の外になど出たことはない。
今まで、この空間から出ることを母上は許してはくれなかったから。
母上に逆らうことは今だってしたことはない。
だから、私は籠の鳥と言われてしまうのだろう。


「街に行こうと思うが、お前も一緒に来い」

「ですが、母上の許可がなくては」

「そんなことはいい。白琴はこの俺の后だ。母上の許可は必要ない。何かあれば俺が罰を受ける」


何で私の代わりになんてことが言えるかわからない。
だって、私は紅炎様のお荷物でしかないはずなのに。
なんで、こんなにも私に優しくするの?


「行くぞ」


そう言いながら、私の手を取るこの人は本当に私の知る練紅炎なのか。
今までだったら自ら私を外に連れて行こうなんて思わなかっただろうに、最近のこの人は何かおかしい。
どうして、私をそばに置きたがるのだろう。
これが昔の私なら嬉しかったはずだ。今の私は、嬉しいの?
高鳴るこの鼓動が嬉しいと身体に教えている。


「あの、私は…」

「嫌なのか」

「そうではありませんが、このような格好でよろしいのですか」

「構わない」


すれ違う人たちからは、どんな風に見えるのだろう。
私が無理やり外に出されるように見えるのか、ここから追い出されるように見えるのか。
どちらにせよ、いいイメージにはならないはず。


「あれ、紅炎様に白琴様じゃないっすか」


後ろから声を掛けてきたのは、紅炎様が信頼を寄せている部下のひとりである李青秀さんだ。
私はこの人と会話などしたことはないのに、認識されているとは驚いてしまう。
それでも、この人が私のことを知っているのは紅炎様の后であるからか。


「やっぱり、お二人は仲がいいですよね。これから、お出かけですか?」

「ああ、少しな」

「でしたら、護衛に俺が着いていきますよ。お二人に何かあったら、楽禁殿たちに怒られますからね」


そう言いながら、私と紅炎様の後ろには李青秀さんがいる。
外に出るとは、こんなにも大変なことだとはじめて知ることになったが、それでも私には紅炎様がそばにいてくれることで、不安だった外の世界に踏み出すことができた。
どう思われていようが、握られた大きな手に安心感を抱いている。

連れて行かれた場所は綺麗な花が一面に咲く丘だった。
こんな場所がこの国にもあるんだと思うと、とても素敵に思えた。
御伽噺でしか、こんな場所はないと思っていたために驚きは隠せない。


「…紅炎様。少し歩いてみてもよろしいですか」

「好きにしろ」


紅炎様がふと笑ったように見えた。それだけ、彼の顔が穏やかに見えた。
連れてきてくれてこの丘は私にとって大切な場所になる。
はじめての世界。
綺麗な花を摘みながらひとつの花束を作る。
今まで夢に思っていたこと、この歳で出来るとは思っていなかったから嬉しくて私は大きな声をだして紅炎様に告げた。


「紅炎様、ありがとうございます」


ただ、その言葉を伝えたくてはじめて大きな声を出した。
李青秀さんは驚いていたけれど、紅炎様はずっと穏やかそうな顔をしていた。


20140326
Title:寡黙

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