◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□晩夏の夜の夢
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【晩夏の夜の夢 2】



斎藤は千鶴に合わせてゆっくり歩く。
けれどこの時間が惜しいのもあった。
自分の姿を見かけただけで、話し掛けてはいけないと知りながらもついて来られて
嬉しくない筈が無かった。
おそらく、人を思いやる気持ちの強さ故に気になっただけであろうと思う。
それでもやはり心が浮きたつのが止められない。



大通には人が溢れていた。
長い言い訳じみた説明の後に斎藤が、はぐれない為に、と、手を差し出すと、
千鶴はその手を柔らかく握った。
ためらいなく繋がれた手に、嫌われていない事を感じて安堵が満ちた。

雑踏の中で千鶴と手を繋いだまま送り火を見る。
聞かれてもいないのに、送り火を見て思いを語った。
千鶴には何故かつい余計な話をしてしまう。
話し終えた斎藤は、喋りすぎたな、と少し照れ臭くなった。

「……行くか」
「はい」
再び歩き出す。
千鶴が言った茶屋に近くなった頃、斎藤は一件の小間物の出店の前で足を止めた。
店の者に、目に止まったものを指差す。
金額の答えが返ってきた。

平打ちの金属製のかんざし。

誰に贈るのかと千鶴の胸は痛んだが、顔に出さないように密かに歯を強く噛み締める。

斎藤は懐から銭入を取り出したが、右手は千鶴と手を繋いでいるので開けない。
斎藤が思わず千鶴を見ると、千鶴は当然のように手を離さず右手で斎藤の銭入を開き、言われた額の小銭を取り出した。
少し驚きながらも離れない手が嬉しかった。


その作業を店の者が呆れて見ていたのにも気づかず、斎藤は簪を手に取って店を離れた。

小間物屋の店の者は、店を離れていった手を離さない二人の客に呆れた。
そして「今どきの若いモンは……」と首を振り振り呟いた。



数歩歩いて斎藤が足を止める。
何事かと千鶴も止まり、斎藤を見上げた。
手元を見ていた斎藤の左手が翻り、千鶴の結った髪に簪が飾られた。
「私に、ですか?」
「不埒な輩が居たら、それで刺して逃げろ」
「…………!」
簪を武器にしろ、とは、斎藤らし過ぎて、千鶴は思わず笑った。
確かに、目でも狙えば立派な凶器になろう。
「何故笑う?」
斎藤の真面目な顔に、千鶴は急いで笑いを収める。
「だって、これ、かんざしですよ?」
簪とは飾りだ。武器ではないのに。
「……そうだが?」
「……斎藤さんは人を守る事ばかりお考えですね」
千鶴の浮かべた今度の笑顔は不快ではなかった。
顔が熱くなるのを感じ、斎藤は千鶴から顔を逸らすと前を向いて再びゆっくり歩き出した。



茶屋に千鶴を送り届けた斎藤は、背中に当たる視線に振り返った。
誰かが来るまで一緒に居た方が良いかとも思うが、新選組の者たちと顔を合わせる訳にもいかない。

「よく似合っている」
やっと言えた言葉に、千鶴の笑顔が咲いた。
その笑顔に後ろ髪を引かれながらも、斎藤はその場を後にした。
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