◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□鎖帷子 銭帷子
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【鎖帷子銭帷子 2】



千鶴が茶殻を持って戻ると、土方はまだ居た。
二人とも本気らしい。
諦めた千鶴は長着の袖を抜いて、上半身だけ襦袢になった。
肌を晒す訳ではないし、サラシも巻いているのだが、なんとなく気恥ずかしい。


「…………」
「…………」
千鶴は背中を向けて印をつけるのを待ったが、背後の沖田と土方の様子がおかしい。
振り返ろうとした時だった。
「おまえ、胸にサラシ巻いてんのか…」
「え? はい、一応、男の子に見えるように…」
「…………それ……な、」
土方が言いかけた言葉を沖田が続けた。
「…………いらなくない?千鶴ちゃんには」


ヒュー…


男二人の容赦ない言葉に、千鶴の魂は飛んでいった。


「まぁいい。総司、とっとと印つけちまえ」
「はーい」

千鶴は背中に、指の感触が来ると思っていた。

トン!

背中を一発叩かれた。

「この手形が見えなくなるように縫い付けてね」



手形……?
襦袢に沖田さんの手形……?
ああ。お茶殻を握ったんだ……。
手形……怖い。
なんかよくわかんないけど怖いー!
怖い気がする!
妖怪に貼り付かれている的な!!



「ふん。いい感じだな」
土方の太鼓判。


早く縫い付けよう。
千鶴は思った。



沖田と土方が千鶴の前に回り込む。
胸の辺りを正面から見られ、更に気恥ずかしい。
知らず知らずうつ向いていると、沖田の体がすぐ横に来た気配がした。
前から来ると思っていたため千鶴は顔を上げた。
トン、と胸の真ん中より少し左寄りに圧力を感じる。
同時に背中にも感じた。

「ここが急所。前と後ろ、同時に押されると分かりやすいでしょ?
千鶴ちゃんは、ここを守るようにね」
「はい」


冗談や悪戯に紛れさせているが、沖田もまた“人を守る人”なのだなと千鶴は思った。


しかし……。
「土方さん、まずいよ。ホントに平ら。背中と感触が同じ」

ガン!

「まだガキなんだから仕方無ぇだろ」

ガンガン!

「土方さん。
娘18番茶も出がらって言いますけど?
気を抜いてたらすぐ嫁き遅れですよ?
女の子は年取るの早いし。
そしたら土方さん責任取ってあげて下さいね」
「あ?! 千鶴、お前、そんな年だったか?!」

ガンガンガン!


千鶴の心は、地下10尺までめり込んだ。



魂を天に、心を地下に飛ばした脱け殻の千鶴は、フラフラと沖田の部屋を出ていった。



「随分千鶴を大事にしてんじゃねえか。
お前にしちゃ珍しいな」
「あの子、こっち側だから」
「こっち?」
「近藤さんを裏切らない」
「……千鶴がか?」
「土方さんは近藤さんを裏切らない、
はじめ君は土方さんを裏切らない、
千鶴ちゃんははじめ君を裏切らない。だから、千鶴ちゃんはこっち側の子」
「……佐之や新八は違うのか?」
「あの人たちは自分を裏切らない。あっち側だよ」
解るような、解らないような。
不吉な含みを感じた土方は、沖田を見て話を変えた。
「……お前も千鶴に惚れてんのかと思ったんだけどな。
他の奴に渡しちまっても良いのか?
俺や近藤さんとしちゃあ、お前らがくっついて千鶴がお前の子を産んでくれても万々歳なんだぜ?」
「千鶴ちゃんはトモダチだから無理」
「……何が違うんだ?」
「僕は近藤さんを守りたい。千鶴ちゃんまでは無理。だからトモダチ」
「……お前の近藤さん熱も筋金入りの相当なもんだもんなぁ…。
今更、か」



うん。今更だよ。
労咳なんだから。
だからトモダチで居たい。
今は友達として心配されて、
いつかお盆の時期にでも、昔の友達として思い出して貰ったりする方が良い。
それに。
世話を焼いてくれる千鶴ちゃんは、なんだか…母親ってこんな感じかな、って思うんだよね。
そんな子と子供って無理でしょ。



「土方さんが産んで貰えば?」
「バカ言え。俺の娘っつっても通る年だぞ」
「ああ、それで土方さんは千鶴ちゃんのお母さんヅラしてたのか」
「お母さんってなんだよ。せめて父親ヅラと言いやがれ」
「父親だったら僕みたいな男と子供作れなんて思わないでしょ。ほらやっぱりお母さん」
「母親だったら許すってのか?」
「……母親だったら…子供がやりたい事なら、それが無茶でも許すんじゃないかな」

千鶴を見ていると思う。
千鶴は精一杯沖田の体を心配している。
けれど隊務に出る事には何も言わない。
辛そうな目をしている癖に、笑って送り出す。



「……それなら俺はおかーさんって奴だな。
ったく、どいつもこいつも無茶ばっかりだ」
フン!と鼻息を鳴らして土方は立ち上がった。
「クソガキどもの世話に戻らぁ。
お前は寝てろよ!
早く治ってくれねぇと忙しくっていけねぇや」
土方は部屋を出ていった。



一人の部屋で寝転がった沖田は、透明な笑みを浮かべた。




この沖田からの12両が千鶴と斎藤を助けてくれるのは、後々のお話。
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