◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□風雲
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【風雲 2】



御陵衛士となった斎藤は、部屋の隅で早々に布団に潜り込んでいた。
新選組を出てまだ数日。
既に新選組が懐かしい。

なぜなら。

ヒマ。

だから。



新選組では仕事が多かった。
巡察に情報収集、剣術指導、組下の者達の様子を把握しておく、自分の鍛練、沖田の監視(え?)、千鶴の護衛、土方の手伝い。
門限もあったから、その隙を見て飲みにも出たし、刀の掘り出し物を探した。

隊士はピンキリではあったが、主に関わったのは、斎藤にとっては気持ちの良い気性の者が多かった。



ここでは、自分の鍛練と、自主的な京の街の警邏程度。

伊東の内偵もあるが、元々新選組幹部、試衛館一派と目されているため、今はまだ監視される側なので、暫くは大人しくしておく予定だ。

新選組では、斎藤が一人で出掛けてもいつもの事なので、誰も気にしない。
だがここでは斎藤は新参者で、新選組元幹部の要注意人物。
何故か伊東が絶大な信頼を寄せてくれているのでマシな方であるとは思うのだが、
出掛けようとすれば声が掛かるし、せめて旨い酒を飲みに出ようとすれば誰かが監視を兼ねてついてくる。
もうマジうざい。一人で飲ませろ。


平助には昼に散々稽古に付き合って貰っているが、
周りの目があるので飲みに行くなどの二人での行動は控えざるを得ない。


御陵衛士は、伊東の人徳(?)なのか、ネットリ陰気な性質の者も半数ほど。
正直、苛つく。
人の事をチラチラ見るヒマがあるなら剣術の稽古をしろ、この#%&@\#@#野郎(斎藤さんご乱心)、と、言いたい。





おまけに。
ここは当然男ばかり。

隣室が千鶴だった斎藤は、いつの間にかあの柔らかな空気が傍にあるのに慣れていた。

視界の隅でチョロチョロ動き回る小さな生き物が居るのは、意外と癒されるものであるのだな、
道理で、暇そうな大店の娘が猫を飼う訳だ(割と偏見)、と思う。


ぶっちゃけ。

千鶴が懐かしい。



つまり斎藤は現在、絶賛拗ねグレ中。
ヒマなんて糞食らえ。



ふて寝しているのだった。



**********



それから数日後。

「あれ?はじめ君、こんな時間から出掛けるの?」
そろそろ寝ようかと思っていた平助は、斎藤を見つけた。

店仕舞いのところも出始める時刻である。
出掛けようとする斎藤に、平助が声をかけた。
「島原」
一言だけ、周りにも聞こえるように言って斎藤は一人で出ていった。
「………………へっ?
はじめ君が、島原?」
平助は目を見開いて、斎藤の背中が見えなくなってからやっと、声を漏らした。



それからというもの斎藤は、密かについてくる伊東派の尾行をくっつけたまま、
かなりの頻度で島原に通った。


「遊び慣れない奴が遊びを知ると歯止めが効かないというのは本当だな」
「あれでかなりの好き者なのだな」
「あのダンマリ(喋らない人物)が相手では、敵娼も大変だ」


「あまりに通うので伊東さんに斎藤の話をしたら、
“私が相手をしてあげられてないからよ。暫くはそっとしておいてあげて”って言われちまった。
伊東さんは、斎藤みたいなのが趣味だったのか?
と言うか、斎藤はそっちの方で、伊東さんに引き抜かれたのか?」
などというそら恐ろしい話までを平助が小耳に挟むようになるのは、
それから大して時間がかからなかった。



**********



原田や永倉とは話にくく、平助は沖田を待った。
自主警邏中の平助は、沖田を見つけた。
と言うか、沖田が来そうな近藤御用達の店を連日見張り、やっと沖田を捕まえた。

沖田を裏通りに引っ張りこみ、平助は沖田に泣きついた。
「はじめ君が、おかしくなっちゃったー!」

平助がよりにもよって沖田に言った話は、沖田らしい脚色を経て新選組にもたらされた。
沖田は、その話を報告した時の土方の間抜け面にたいそう満足し、数日ご機嫌だった。



そして、その話は、御陵衛士に逆輸入された。
『斎藤が御陵衛士に来たのは伊東とデキてるから。
伊東が最近忙しいからか、関係が終わったからか、今は島原に夢中』


実際は、鬱陶しい伊東派の視線を避けるために個室のある揚屋に上がり込み、
芸姑も姑も呼ばずに一人で伸び伸びと飲んでいただけであったが。
勿論伊東と特別な関係になった事は、一瞬たりともない。


自分に関するとんでもない話を知った斎藤は、人間はこんなに驚けるものなのかと思うほどに驚いた。
同時に、話の出所、コロス、と思った。



しかし、その不名誉な噂のせいで、斎藤が夜出掛けても、尾行はつかなくなった。



後々。

事情を知った斎藤は稽古と称し、平助を、三日起きられないほどガチにボコった。

気の毒。
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