◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□三日の騒動
2ページ/3ページ

【三日騒動 2】



「…………千鶴。帰るか」
取り残された斎藤は、伊東と永倉が去るのをぼんやり見ていた千鶴に声をかけた。

「あい」
にっこり。

千鶴の極上の笑顔だったが、何故か斎藤は悪寒を感じた。

「でも、立てません」
にっこり。

「無理をするからだ」
「すみません」
千鶴は頭を下げたきり、起きない。
「千鶴?」
「あい」
「帰るぞ?」
「あい」
「……千鶴?」
「畳が……」
「畳?」
「どうしてこんなに畳がぐにゃぐにゃなんれしょうか?」
「……あんたが酔っているからだ」
再び呂律の怪しくなった、
頭を下げたままの千鶴を起こし、
斎藤は千鶴を背負って店を出た。



「あれ。はじめ君……と、千鶴ちゃん?」
「わーい、沖田さーん。
斎藤さん、私降りますー」
斎藤は千鶴を地面へ降ろしたが、千鶴はゆらゆら揺れていた。
「うわ、何これ」
「伊東さんに呑まされた」

斎藤は沖田が引き連れた自分の組下の者たちを見た。
「巡察か」
「貸しとくね」
「承知……っと、こら千鶴!」
千鶴がフラフラ沖田へと歩いていく。
「沖田さん。伊東さんと永倉さんは先に帰ってしまいました。
一緒に帰れず、すみません」
千鶴は沖田に頭を下げると、そのまま前へ傾く。
「うわ…… 千鶴ちゃんヘベレケ。
はじめ君、早く持って帰って」
「……あいわかった」
沖田が、支えた千鶴を斎藤の背中に乗せようとする。
「いやれす!! 次は抱っこがいいれす!!」
「わかったから大人しくしろ」
斎藤が千鶴を横抱きに抱き上げる。
「あーい」
千鶴はぺったりと斎藤に懐いた。
千鶴が大人しくなったので、斎藤は軽く一息をついた。

「総司、もう帰るところか?」
「そうだったけど……。
なんかお腹いっぱいで一緒に帰るのイヤだから、もう一回りしてくる」
沖田は踵を返してもと来た方へ歩き出した。

「組長、あと一息、がんばってください」
「お気をつけて」
「これからは寄り道しても、俺達内緒にしますから。
たたみかけましょう!」
千鶴の懐きっぷりに何を思ったのか。
三番組の隊士が、口々に言って沖田についていく。
斎藤は僅かに肩を落とした。

「沖田さーん、なんで行っちゃうんれすかー」
斎藤の腕の中で千鶴が暴れる。
三番組の隊士たちが振り向いて、笑顔で千鶴に手を振った。
「えー!みなさんー!」
「落ちる!千鶴、大人しくしろ」
「うー」
千鶴は斎藤に頭を寄せて大人しくなった。



酔っているせいで千鶴の様子がころころと変わる事に、斎藤は戸惑っていた。
土方張りの絡み酒、と永倉は言ったが、気の大きくなった普通の酔い方に見える。
また、タガが外れている状態だと、こんなに素直に甘えてくるのかと思った。
可愛いと言うより危なっかしい。
伊東一派への潜入で自分が居なくなったらどうなるのかも不安になった。



斎藤の腕の中で千鶴は、あれこれ楽しそうに、父から聞いたという不気味な話をした。

動いている内臓を見るためにカワウソを解剖したとか、
カワウソというのは人間と腸の構造が違っていてダメだったので犬にした、とか、
その犬は近隣の家から調達したとか、
足や腕を切る時に使う台が改良されて、切りやすくなったとか。

父親が寝物語に語ったのだという。

雪村綱道という医者は何を考えて、今より幼いはずの千鶴にそんな話をしたのだろうか、と、
綱道の人となりに対して斎藤は大きな疑問を持った。



酔った千鶴が取りとめもなくそんな話をするのを聞きながら、斎藤は屯所へ向かった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ