◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□楓色めく
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【楓 2】


*********



原田が濡れた着物のまま土方の部屋を訪れた。
「千鶴と総司を先に帰したんだが、姿が見えねぇんだ。何か知らねぇか?」
心配そうに原田が土方に尋ねる。
「……ああ。総司から手紙が来てる」
土方が原田に手紙を見せた。

『千鶴ちゃんとここ(簡略な地図と店の名前がかいてある)にしけこんじゃった

今夜はここに泊まるから、明日の朝、千鶴ちゃんの着物持ってきて
千鶴ちゃんには何にもしないから安心してイイヨ

近藤さんによろしく』


とても武士の書く手紙とは思えない、沖田らしいふざけた文面だった。
原田はごくりと息を飲み、土方を見た。
「すぐに迎えに行かないのか?」
土方の顔は渋い。
「まさか土方さん、総司を信じるのか?」
「…………近藤さんによろしくって書いてあるだろ」
「ああ……。だけどよ、総司と千鶴を一晩二人にしておくのは不味くないか?」
「だから、今それを考えてんだろうがよ!」

土方に意外な剣幕で睨まれ、原田は黙って土方を見た。
「俺が行って、別の部屋取って待機を……」
「わかってる! ちょっと待ってろ!!」
原田には至極簡単な事に思えるのだが、土方は重々しい顔で考え込んでいる。
原田は黙って土方の結論を待った。

「…………迎えは、明日やる」
「ちょ、土方さん、ちょっと待てよ! 相手は斎藤じゃねぇ、あの総司だぜ?!」
「……わざとらしく近藤さんの名前を出してんだ。言った事を反故にはしねぇよ、あいつは」

「だけどよ、取り返しのつかない事になったら……!」
原田が考えているのは総司が無茶をするのではという事ではなかった。
千鶴はある意味、まっとうな娘だ。
総司が無茶をしようとした時に、千鶴が取り返しのつかない行動に出ないかが怖かった。
土方の顔は変わらず暗い。
「………………」
「途中で別行動とった俺の責任だ。迎えにいく」
「…………やめとけ」
「土方さん!」
「…………何かあったら、責任は俺が取る」
「責任取りきれる話じゃねぇだろ!」
「…………そうだな」
暗い土方の声に、原田は土方の顔を見つめる。
「……何かあんのか?」
「わからん。
ただ、総司には今こうする事が必要な気がするだけだ。
だが、どうして必要だと俺は思ってんのか、正直自分でもわからねぇ」

原田が黙った代わりに、たっぷりの間の後、土方が話し出した。
「……千鶴の着物は近藤さんの別宅だな?」
「あ?……ああ」
「俺が行く」
「土方さん…」
「お前は嘘つけねぇだろ。
それに、嫌われるのは俺の仕事だ」
「…………すまねぇ…」
「総司には嫌われてるからな。今更だ。一刻くらい出かけてくらぁ。後頼む」
土方は立ち上がって部屋を出て行った。



**********



「お客はん、すんません。お客はんに会いたいと…」
襖越しに陰気な女将の声がした。
「ヒッ」
だが、陰気な小さな悲鳴の直後、襖は勝手に開かれた。
女将の向こうに土方が居る。
「話するだけだ。騒ぎは起こさねぇ。下がってろ」
土方が女将に言うと、女将は大きな足音で階下へ逃げて行った。

「千鶴、着物だ」
土方は部屋を一瞥した。

敷布団は畳まれ端に寄せられている。
その敷布団に座って、沖田は掛け布団を肩にし、
千鶴は沖田の着物を着ている。
奇妙な二人のいでたちに、土方の呆れた声が漏れた。
「何やってやがんだ、お前らは」



呆れた顔をしながら土方は、
千鶴の何が、総司に必要なのかを考えていた。
珍妙な格好で、人目の無い中でも寄り添う事もなく並んで座っている有り様は、色の方面では無い事は確かだと思った。

何かわかりやすいものを自分は見落としている気がする。
だが沖田と千鶴を前にしても、それが何かわからなかった。



この暫く先になってやっと土方は、
強い悔恨と共に、
総司は千鶴に“蘭方医者の娘”の知識や気持ちの支えの側面を求めていたのだと気づく事になった。



土方は部屋に入り、風呂敷に包まれた千鶴の着物を千鶴に手渡した。
「今帰るなら連れてってやる。総司と居るなら、総司と帰ってこい」

「え?」
驚いた声を出したのは沖田だった。
「はい」
千鶴は笑って、動こうとしなかった。
「……良いんだな?」
「話の途中なので」
「千鶴ちゃん?」
「……わかった」
土方はあっさり二人に背中を向けた。
「え? 土方さん?」
沖田の声に土方が振り返る。
「明日は忙しいから今来ただけだ」
「あっ、土方さん!」
そのまま去ろうとする土方を千鶴が引き留めた。
「なんだ?」
「さ……っ」

思わず言おうとした言葉を、千鶴は慌てて飲み込んだ。
斎藤に何を伝えてもらおうと自分は思ったのか。

「……さっきより道が悪くなっていると思います。お気をつけて。
それから原田さんに、のんびりしてしまってすみません、と…」
「……良いんだな?」
「……沖田さんにとって私は、友達、だそうですから。
話をする位は、私にも出来るかなと思います」
「…………そうか」

沖田は千鶴の台詞に少し驚いた後、土方にニヤリと笑った。
「それから、こんな変な格好した子に手は出さないから安心してって佐之さんに言っておいてよ、土方さん」
「誰のせいでこんな変な格好になったんですかーっ」
「チンドン屋みたいだよね、その格好」
「沖田さんっ!」


土方は苦笑する。

斎藤や総司を当然のように自制させる千鶴は、大物だと思う。
「伝えておく」

土方は部屋を出て行った。



部屋に、長いため息が流れた。
息を吐いたのは沖田だった。
「変なの」
「何がですか?」
「土方さん。怒られると思ったんだけどな」
「叱られなくて寂しいですか?」
「……何言ってるの。斬るよ?」
「信用なさってるんですよ」
沖田をなだめるように千鶴が言う。

沖田は、ぷい、と千鶴に背を向け、掛け布団に隠れた。
子供のようなところのある沖田だが、これではまるきり子供だ。
沖田の仕草に、千鶴は驚きながら目尻を下げた。

ここまで子供っぽい様子は、屯所では見られない。
多少は気を抜いているのだろうか。
千鶴はさっきと同じように、子供をあやす要領で背中を軽く叩いてみた。
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