◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□SSHL【3】
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【SSHL 12】



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家に帰った千鶴は部屋にこもると編み物を始めた。
やりたい事があると、家事の負担が少ないのはありがたかった。
今日は昨日のような事が無いようにアラームをセットした。
ここまでは千鶴の想定通りだった。
食事の為にテーブルにつくと、また斎藤の視線が絡んでくる。
食後も斎藤はダイニングテーブルで勉強を始める。
千鶴は心の中でクエスチョンマークを飛ばしながら、
編み物を進める為に部屋に引きこもった。
今夜も、トイレに行く時も風呂に行く時も斎藤の視線は背中に張り付いてきた。



ううう……。
何なんだろう……。



斎藤の姿が見えるのは嬉しいが、こうも意味不明な監視をされると気になる。
風呂から部屋に戻る時にも背中を見つめられ、千鶴の心はさわさわと波だった。
風呂を済ませた千鶴は時計を見て、もう少し編み物を進めて寝よう、と予定を立てた。
編み物から斎藤の顔を連想したせいだろうか。
今日の数学の宿題で、どうしてこの答えを出せるのか分からない問題があったのを
唐突に思い出した。



……斎藤さん、お勉強していらっしゃるけど……。
お部屋の外でお勉強してるのなんて珍しいし……。
一問位なら教えて貰えるかな?
ついでに斎藤さんが変な理由も分かると良いんだけど……。



千鶴がそっと部屋を出てまだ灯りのついているリビングを覗くと、
斎藤はまだダイニングテーブルで勉強していた。



……やっぱりお邪魔かな。



そう思った時、斎藤が顔を上げた。
斎藤の目が真っ直ぐに自分を捉えたので、千鶴は危うく驚きの声を漏らす所だった。



わっ、私、音たてた?!



どうして気付かれたのかと思っていると、斎藤はすぐに千鶴の元へとやってきた。
ガラス張りのドアは斎藤によって開けられた。
「どうした?……数学か。俺に解る問題ならば」
そう言うと斎藤は千鶴の腕の中からさっと問題集を持って行って、
元の場所に座った。
そしてすぐにノートを栞にしたページを開いた。
「……ああ、これだな? 問ニのカッコ三 」
「すごいっ。どうして分かるんですかっ」
「引っ掛かるパターンの問題だ。解き方を知らないと難しく感じるが、
覚えてしまえば変に捻った問題としては出てこないから
これはこのパターンの問題として解き方を覚えてしまうと良い」
そう言うと斎藤は千鶴のノートの最後のページを開き、
難無く計算式を書いていった。
その間に千鶴は斎藤の向かい側に座った。
斎藤のペン先が止まること無く動く。
千鶴は文字を目で追ったが、左利きの斎藤の手が書いたそばから
文字を隠していってしまう。
文字を見ていたつもりだったが、千鶴はいつの間にか斎藤の手に見入ってしまった。



大きくて、使い込まれた皮の厚そうな手……。
指が長くて節が高い。
力、強そう……。



「……数学なのに覚えるんですか……」
数学とは、その場で解くものだと思っていたのだが、斎藤は違うらしい。
「温故知新だ」
斎藤のペン先は動いているのに返事があった事にも驚いた。
「……へっ?」
数学から、いきなり四字熟語。
千鶴が視線を斎藤の手元から斎藤の顔に戻した時、
斎藤の手が止まって斎藤の顔も上がった。
千鶴の目を見て、さも当然というように言った。
「数学とて公式があるではないか」



数学の問題。温故知新。公式。
つ、繋がりがわからないっ。
斎藤さんの言いたい事が分からないっ。



「……すみません、どういう事か、もう少し解説お願いします……」
言ってから、千鶴は、今の自分の発言を斎藤はどう捉えただろうかと焦った。
話の通じない馬鹿な子。
頭の回転の悪い子。
つまらない子。
そんな風に斎藤の目に映ったのではないかと思って、
思ったまま考えずに言葉を口にした事を後悔しかけた。
「公式とは、先人たちが、こう計算すれば解ける、と見つけ出した事実だ」
そう言った斎藤は、自明の理を口にしているという様子だ。
まっすぐに伸びた背中で、まっすぐに相手を見る視線が
自分に飛んできているのを千鶴は見ていた。
そこには馬鹿にした様子も呆れた様子も無い。
聞かれたから答えている。
聞かれれば答える。
自分を分かってもらおうという様子は無く、
相手の疑問を解消する為に答える。
相手の為。
だから“斎藤からの言葉”は極端に少ないのだ。



ああ。
これが斎藤さん。



斎藤らしさを再発見して、愛おしい気持ちがこみ上げてくる。
千鶴は、斎藤からのまっすぐな視線に柔らかな笑みを浮かべていた。



……え。あれ。え。何っ?!



千鶴は驚いた。
何故か斎藤の顔がどんどん赤くなっていくのだ。
やがて斎藤はふいっと千鶴から視線を外し、猛烈な勢いで目を泳がせ始めた。
千鶴は顔を赤くした斎藤の視線がリビングの中を泳ぎまわる姿を、呆気に取られて見ていた。
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