◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□北へ走る 10
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◆◆◆◆◆◆



一に促され、千鶴は助手席に乗り込んだ。
「今日はどこへ行くんですか?」

「・・・五戸町を廻って北へ行く。 海は好きか?」
「好きです!」

水着は無いから水遊びになるだろうけれど、夏に海と聞けばウキウキする。
「途中で店を廻って買い物をして…昼飯は…海で食うか?しかしまた店が無いと困るな…」

やっぱり食いしん坊!

千鶴は一の横顔を見てそっと笑った。


走り出した車に、千鶴は浮き立つ気持ちが抑えきれない。
明日には帰るとしても、今日は精一杯大切にしたい。

帰ってしまえば、多分、この人とはもう会う事もないだろう。
だから、今日は楽しもうと決めた。

この青森と言う遠い場所も、再度来れるかわからない。
目に焼き付けておこうと千鶴は思った。




千鶴はうきうきと外を眺めていたが、時々ついさきほど見た風景に戻る事に気が付いた。

迷ったのかと思ったが、ナビの地図を見ると、一はこの辺りをしらみつぶしに走っているようだった。
「あの…どこか探しているんですか?」

一は無言で頷いた。よく見ると一も外を気にしながら走っている。
「少し付き合ってくれ」

「お店ですか? 私も探します」
「…いや、ちがう。 だいぶ感じが変わって…見つけられるとは俺も思っていないのだが…」

説明する気が無い様子に、千鶴は邪魔しないように大人しくしていようと思った。

遠くの木の緑に目を移す。
「すみません! 止めて下さい!」

千鶴の剣幕に、一は車を路肩に寄せた。
止まった車から千鶴は飛び降り、一方をじっと見ながら視線が何かを探して彷徨っている。
千鶴の切羽詰まった様子に、一も車を降りて千鶴の見ているものを見た。
そしてそこが自分の探していた場所だと気付いた。

ここは、夢の男が、遠い昔に自分が、かつて住んでいた場所の近くだ。

周りが変わりすぎてピンポイントの確定は出来ないが、この辺りだと思う。
そして千鶴の様子から、あの男が想っていたのは千鶴なのだと一は確信した。

「この辺りだな」

横に立った一に話しかけられ、千鶴は我に返った。
「…何がですか?」

「お前が車を止めろと言ったのだが?」
そういう一の顔は笑っていて、何かを知っている様子だった。

「懐かしい」
一が言ったその気持ちは千鶴も今感じていた。
しかし、懐かしさにつながるものが見当たらない、思い当たらない。

あえて言うなら、一を見上げる自分の首の角度や、一の満足そうな顔は、懐かしい気がする。
だがそれとこの場所とが繋がらなかった。

「斎藤さんが探していたのはここだったんですか?」
「おそらく。 俺も細かい場所はわからん」



やはり、千鶴はあの夢の男が惚れぬいた女なのだ。
泣かせたくなくて、千鶴の手を取った。
泣かせるとわかっていても千鶴の手を離せなかった、あの男の想い。
今の自分は、あの男の願いを聞き届けられると思う。

千鶴を守りたい。 ずっと一緒に、笑っていられるように。
しかし千鶴には、過去の記憶ははっきりと残っていない。
それに、自分とはいえ、今の自分があの男自身ではないように、千鶴もまたあの女自身ではない。
この先誰を想って生きていくかは分からない。
千鶴だけを横に置いて人の肉を斬ったあの自分とは違う。
千鶴もまた違う。

自分が今の千鶴も守りたいと思うように、千鶴が自分を想ってくれるとは限らない。
そして仮に千鶴を手に入れたとしても、それは自分への気持ちなのか、あの男への想いの名残なのかはわからないだろう。
胸が、痛んだ。



「…俺の用は済んだ。 千鶴が満足したら言え」
そう言われて千鶴は困った。

何かに強く引かれた場所なのに、場所が大事なのではないと感じる。

一が嬉しそうな顔をしているから立ち去り難い。
しかし一が哀しそうで、どうしたら良いかわからない。

目の前には、これといったものは何もない。
千鶴には、何を見ればよいかわからない。

「…行きましょうか」

そう言った千鶴に、一はいつもの微かな笑みを向けてくる。
その笑顔は嬉しくて、そして千鶴の胸は今少し、切ない、と思った。
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