◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□北へ走る 1
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横開きの扉をカラカラと音をたて開く

正面に小さなカウンター。横には下駄箱らしきものと、スリッパが並べてある。
下駄箱には外履き用の下駄が下段に10程並んでいる。

「すみません」

声をかけたが、反応が無い。

一は靴を脱いでスリッパに履き替えた。
下を向いた時に頭痛がズキンと走る。 と、ともに、強烈な眠気が来た。

店ではなく宿屋らしいと見て、一は、部屋があれば今日はここで休もうと思った。

カウンター横に。奥へつながる廊下らしきものがある。
一は数歩踏み出し、再度すみません、と声をかけた。

「はーーい」

くたびれた雰囲気に不似合な、明るく若々しい声が聞こえた。
パタパタと走ってくる。

そしてそこから顔を出したのは、高校生位の女の子だった。

大人しい雰囲気ながらも張りのある表情で、後ろで束ねた髪が左肩から前へ落ちている。
Tシャツに膝下丈のパンツ、というあっさりした格好だった。

その女の子は一を見ると、あ、と驚いた顔になった。
目がくるりと見開かれて、随分可愛い顔になる。

「すみませ…」
「すみません、ちょっと待って下さい」
一の言葉にかぶせてそう言うと、ぶん、とお辞儀をして引っ込んでいってしまった。

「井上さーーん、お客様ですー!」
ああ、カウンター業務は担当ではなかったんだな、と一は思い、大人しく次の登場人物を待った。

「ほいほいほい」

軽い足音がする。

60位だろうか。 人の良さそうな男が顔を出すと、カウンターの向こうに収まった。

「ここは…宿屋で良いのだろうか?」

男は少し面食らったようだったが、再び人の良さそうな笑顔になった。

「ええ、泊まれますよ。 見ての通りの閑古鳥の巣ですからね。お泊りですか?」

にこにこと尋ねてくる。

「お願いします」

「おひとりで?」

「はい。何泊できますか?」

男は再び驚いたようだった。

「ご滞在で?」

一は少し考えて、男の雰囲気を見て素直に伝える事にした。
「東京から来たのですが、少し疲れが出たようなので体調と相談したいのだが…どうだろうか?」

「おや。すぐにお部屋を用意しますね。千鶴ちゃんー!」

「…すみません。こちらは一泊いくらでしょうか?」

「…学生さんかい?」
「はい」
「…素泊まりで二千円、食事をつけて三千円でどうだろうかね?」

男は宿泊カードらしきものを引っ張り出す。
男の言い方が少し引っかかったが、それなら十日泊まっても問題ない位だ。

一は宿泊カードに名前と連絡先を書き込んだ。

「お願いします」

呼ばれた「ちづるちゃん」は、先ほどの女の子だった。

「お部屋を。 あ、伊東さんとは離した方が良いね」

「西のお部屋に?」

「うん。 お客さん、荷物は?」
「まだ車の中で。取ってきます」

「…顔色悪いよ。 いやじゃなければ私が取ってこよう。そこに座っていなさい」
「…すみません」

年長者らしい、それでも柔らかな命令口調が心地よく、一は甘える事にした。

「カギは空いてます。 荷物は後ろに積んであるカバン一つです。カギは…たぶんここからリモコンで」

指されたのは、年代物のソファ。
 しかし元は良いものだったのだろう。 手入れもされているらしく、座ってみると皮は柔らかく、ひんやり気持ち良かった。

一は、二人が居なくなると、ふーと長く息を吐いた。

ここに辿りついたのは幸運だったようだ。
熱っぽさは増し、やたらと眠い。

パタパタと廊下を行く人の足音や、車のドアの開閉音、人の気配が遠い。

「具合悪そうだね。 お医者呼ぶかい?」

一の黒いスポーツバッグを抱えた男が、気遣わしげに尋ねてきた。

「…だるいだけなので大丈夫です。 休んで様子見てみます」

「…辛いときは、遠慮せずに言うんだよ?」

懐かしい感じすらする、宿の主…「井上さん」の声に、自然と口元に笑みを浮かべる事が出来た。

「…そうさせてもらいます」

一の素直な返事に、「井上さん」は多少安心したようだった。
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