◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【3】
2ページ/7ページ

【億千万 16】



「勉強って記憶では無いかな」
「それだけじゃ無ぇだろ?」
「では何?」
「知識から生み出されるものってのがあるじゃねぇか」
「それも記憶の練り直しなのでは?」
「世の中に残ってる和歌なんかは、生み出されたものじゃねえか?」
「でも、技法や、過去の歌を踏まえて詠まれるでしょう?
練り直しって言えなくもないんじゃないかと思う。
ある意味パクリ」
「そういう“形”を借りる事によってより多くを伝えられるんだろ?
生み出されるのは、そいつじゃなきゃ詠めなかった歌だと思うぜ?」

千鶴が土方と双葉の方を見たので斎藤もそちらに注意を払った。
少し聞いて、千鶴に視線を戻した。
すると千鶴も見上げて来ており視線が合った。
「随分難しそうなお話をなさってますね」
見上げてきていた千鶴がニコリと笑ったので、
斎藤は顔に苦笑の混ざった笑みを乗せた。
「さっきは政治と国家の在り方の話をしていたようだった」
「それなら話も尽きませんね。気が合うんでしょうか」
「そうかもしれん」
「斎藤先輩が仰った通りになりましたね」
「?」
「お姉さんが土方先生を担当して下さってます」
斎藤は土方と姉を見た。
二人の関係がどういった形のものなのか今ひとつ理解出来ない。
表情の消えた斎藤を見て、千鶴は少しだけ首を傾げた。



やがて、どこか遠くから除夜の鐘が響いてきた。
双葉は話を中断し除夜の鐘を聞いていたが、やがて低く小さく呟いた。
「……。
新たに想念を得て 感余りあり
鐘声 韻韻 歳将に除かんとす
年来 転た君を愛し
偏に君を知る一愚者たらん……」
千鶴は双葉の呟きを聞き取り、
細かい事までは分からないが、ぼんやりと掴めた意味に頬を染めた。

土方は目を瞬かせて双葉を見た。
「……アレンジにしちゃあ形式崩れてるし、
まだ学生のお前にそんな風にいじくられちゃ、
もっと勉強しろと墓から出てくるぞ?」
言われた双葉は無表情で固まった。
「……。え」
「“歳晩回顧”だろ?」
「……え?」
「?」
「……え?」
「…………?」
「し、知ってるのっ?!何故に?!」
「俺は古典の教師だぞ?
それに校長が漢詩好きでな。年末になる度に聞かされた詩だ」
「……………………あ。」
双葉はポカンと口を開けた。
そしてどんどん、街頭の灯りでも分かるほど赤くなっていく。
耳や首まで真っ赤に染まった。



さすが姉弟。
照れた斎藤そっくりだな。



土方は、双葉を斎藤と重ねて身近に感じ、
双葉が真っ赤になっていくのを軽く笑って見ていた。
「……今のは?」
斎藤が双葉に尋ねたが、ガクン、と真下を向いて反応しなくなった。
代わりに土方が答える。
「漢詩の読み下しだな。元をざっくり言うと、
今年は漢詩仲間が出来て嬉しい、
除夜の鐘が鳴って、静かに歳が暮れる、
来年も漢詩を愛して、
漢詩を知る本の虫になろう、
ってな内容だ。よな?
お前こそ何でこんなの知ってんだ?」
ガックリうつむいた双葉は小さくうなづいた。
「……作者の名前に“齊”って入ってたから」
「なるほどな」
そう言って土方は双葉を見た。
和歌がどうこうという話をしていたし、
除夜の鐘を聞いてこの詩を連想したのも解る。
だがそれをわざわざ恋に結びつけて変えたのが気になった。



真っ赤になってやがるし、多少は意識してんのか?



試してみる事にした。
「古典教師へのアプローチとしては合格点じゃねぇか?
形式外したのが惜しかったな?」
双葉の顔を覗き込み、からかうように言った。
「なっ……っ!」
双葉は赤く染まった顔を上げて土方を見たが、すぐにそっぽを向いた。



この反応も斎藤みてぇだな。
腹の立つ奴だったが可愛げもあるじゃねぇか。



土方は双葉を見て穏やかに目を細めた。



**



黙り込んでしまった双葉だったが、行列が動き始めると
話しかけられたのを機にまた喋るようになった。
切り替えの早さ、完璧さに土方は好感を持った。



無事にお参りを済ませ、帰り道の矢印に従って歩く。
おみくじを見つけて千鶴が斎藤をちらりと見た。
引きたいけれど、かなりの人数が並んでいた。
「並ぶか?」
「あ、えっと……」
今は土方も双葉も居る。二人は興味無さそうだった。
「じゃ、センセー、私達は仲見世見てこよう。はじめ、終わったら」
双葉は手で電話の仕草を見せた。
斎藤は軽くうなづく。
双葉は黙って手を挙げて応え、歩き出した。
土方も双葉と共におみくじの列から離れ、店の並ぶ方へと歩いて行った。

「センセー」
「……先生はやめろ」
「……。土方さん」
「歳三」
関係を持った相手に苗字で呼ばれるのはしっくりこない。
「……。と……」
「?」
「…………。」
「?」
「…………。」
黙った双葉の顔を見た土方は、吹き出して笑った。
双葉は少し目を伏せ、赤くなっていた。
「へ、変な所、姉弟なのな、お前ら。
なんだ? 名前呼びには照れるのか」
「…………。」
やっと得た優位性に、土方は余裕を取り戻していく。
「と、としぞー、さん」
双葉の小さな小さな声に土方は笑いを含んだ声で応えた。
「なんだ」
双葉は足を止めて土方へと体を向けた。
「……今日は、ありがとうございました」
「はぁ?」
「お休みなのに、弟に付き合ってくれて」
「ああ、それか。生徒に頼られるのは悪くないぜ。
あいつが頼み事をする時は目に意志がある。
応えたくもなるだろ」
「…ありがとう」
土方が歩き出したので双葉もついていき、横を歩く。
「あいつもシスコンだと思ったが、お前もブラコンか」
「……あの子は普通に優しいだけだと思うけど」
「“姉はいつも正しい”って言ってたぜ」
「……。今のところは」
「今のところは、って、お前、よく言うなぁ……」
「三連勝する事だってあるでしょう?」
「そろそろ負けるか?」
「あの子の前で負けるのはヤダ」
双葉の目が強く光った。
「ブラコンじゃねえか」
「そっちは否定してない。
あの子のはシスコンじゃなくて評価だと思ってる。
ちゃんと、私とは違うタイプのカノジョ作ってるし。
良かった、良かった」
今度は嬉しそうに双葉の瞳が揺れて笑った。
こんな目もするのか、と思った。
「弟の為に頑張っていたのか?」
「あの子、気に入ったものを見ると目がキラキラするから。それが見たくて」
双葉の目がまっすぐ前を向く。
前向きな意思を感じた。
嫌いでは無い目だ。

「…俺は、姉貴には叱られてばかりいたな」
「お姉さん、居るんだ?」
「口うるさいしっかり者の姉貴がな」
「仲、良かったんですね?」
「あん?」
「そんな顔してた」
「……。お前も大概嬉しそうな顔してるぞ?斎藤の話の時」
また、カッ、と双葉の顔が赤くなった。
「……出ちゃうんだよね、はじめの話になると」
「弟ってのはそんなに可愛いもんなのか?」
「弟にもよるでしょ。相性じゃない?」
相当可愛いらしい、と見た。
「ああいうのが好みか?」

双葉は思いっ切り冷たい目で土方を見た。
「家族に好みは無いでしょう」
言った後、双葉は土方から数歩離れた。
「もっ、もしかしてっ、おねーさんが好きだったとかそういう話……っ?!
うちは違うからねっ!!」
「はぁっ?!バカかっ!無ぇよっ!」
大声になった土方に周りの目が集まった。
「あーびっくりした」
「びっくりしたのは俺だっ」
大声を出してしまった後なので、
土方は双葉に聞こえやすいように少しかがみ、
必要以上に声をひそめて言った。
思わず出してしまった大声が恥ずかしく、土方は攻撃に転じた。
今日話していて、双葉は自分自身の恋愛の話には弱いのではないかと思い始めていた。
声をひそめたついでに耳に囁く。
これだけでも女によっては墜ちる。

「お前は好みだぜ?」
「あーそう。それはどーも。男の人って割と同じ事言うよね」



外したか。



土方は過去の経験の記憶をあれこれ引っ張り出した。
上手く双葉に当てはまりそうな手法が見つからない。
土方が頭を巡らしている間、双葉は土方を見ていた。



好みは関係無い。
好きか、そうじゃないか、だと思う。
好きになって。



双葉の視線に気付き、土方は視線を双葉に止めた。
何を考えているかは分からないが、まっすぐ挑んでくるような視線だった。



こういう目は好きだ。
欲しいものがある、それを目指す者の目。
食らいつく目だ。



「良い目だな」
思わず言った。
褒めたつもりだったが気に入らなかったらしい。
目と顔から表情が綺麗さっぱり全て消え、すい、と視線を外された。



こいつは、面白いな。



どんな種類のものかは読めないが、双葉からの好意は感じる。
しかし媚びない、求めない。
どうしてこんな女がクリスマスイブの夜に
酔った自分などを初めての男に選んだのか。
知りたくなった。



押してダメなら引くまでだ。
今口説いたところで関係を進められる訳でも無ぇしな。



土方は話題を変えた。
世間話を振って双葉の考え方や好みを探ろうと試みたが、
気づけば自分が多く喋らされていた。
婚姻届まで持ち出してきながら
男の歓心を買おうとしない会話だった。
それでいて目には確かな関心を乗せて見てくる。



目で語る女か。



やはり面白いと思った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ