◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【1】
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【 億千万の胸騒ぎ 2】



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土方から正式に剣道部に対して、24日の部活休みの通達が出た。

“クリスマスイブ”

千鶴も斎藤もその一言を胸に抱いて夢を見ていた。

千鶴は部屋でスマホを使って検索しながらウキウキと考えていた。



何が出来るかな?
学校終わってからだからあんまり時間無いよね。
お弁当の時以外で二人きりになった事ってまだ無いから、ゆっくりしたいなぁ……。
……あ、クリスマスイルミネーション、一緒に見たいな。
街を歩くのも良いな。
……あ、出歩いたらゆっくり出来ない?
でも手を繋ぐならイルミネーションかなぁ……。
……プレゼント、どうしよう。
用意はしたんだけど……手作りって重いって思われちゃうかなぁ……。
カラオケ屋さんはムード無いけど二人きりにはなれるかな。
きっと混むから予約要るよね。
どうしようかなぁ。



千鶴が頬をピンクにしている頃、斎藤は青くなっていた。
斎藤もまたスマホを握りしめて考えている。



クリスマスも休みが無いと思って油断していた……っ。
何をすれば雪村が喜ぶのか分からん……っ!
……学生の身でこんな高いレストランに行けるかっ!
……イルミネーション? 見て、何が楽しいのだ?
……二人でお家デート? 部屋にこもって何が楽しいのだ?
……プレゼント!まずい。買いに行く暇が無い……っ!



斎藤は部屋を出た。
こんな時には頼りになる相手が居る。
姉、である。
風呂上りで髪をガシガシ拭きながらテレビの前を陣取っている姉に声をかけた。
「姉貴」
「なに」
「相談がある」
「だから何」
「プレゼントとは何を贈れば良い?」
「相手の欲しい物」
「俺には分からん」
「じゃあ、当たり障り無いもの」
「例えば?」
「食べ物、花」
「……」
「消え物は後腐れ無くて良いよ、うん」
「……姉貴。今年は何人と予定があるのだ?」
「3人」
「……。相手に気の毒だとは思わないのか」
「説教? 毎年毎年毎年毎年うるさい。
あんたは私のおとーさんか」
「……。」
「で。相談、何?プレゼントだけ?」
「どのクリスマスが楽しかったか聞きたい」
「…………。は?」
「どう過ごしたのが楽しかったか聞きたい」
「…………は?」
「…………。」
「……はじめ。あんたまさか、カノジョ出来たの?!」
「それは相談していない」
「うそ、マジ?! おかーさん!おかーさんおかーさん!
はじめ、カノジョ出来たって!」
姉の声に、台所に居た母がリビングに走り込んできた。
「なんですって!?はじめ、本当?! カレシじゃないわよね?!」
「……は?」
「良かったね、おかーさん!」
「良かったわー! やっと安心して部活に送り出せるわー!」
「よしよし、おかーさん、泣くな、泣くな」



俺の部活動をどんな目で見ていたというのだ……。
……あんたらは俺を何だと思っているのだ……。



「顔も中味も優秀に産んだのに、女1人寄り付かないなんて、
もう絶対ダメだと思ってたのよー!
やっぱり身長が180超えなかったのが悪かったのかしら、
みそっかすなのは私のせいかしら、って……っ!」
「良かったね、お母さん。でも174あれば平均クリアしてるって!
それに成績良いし、剣道大会でも実績残してるから
みそっかすとは言わないよ」
「そうね!良かったわぁ!
はじめ。責任取る気があるなら後の事は何があっても
おかーさん、味方するから!大丈夫よ!」
母親は親指を立てて、グッ!というポーズをした。



……何の話だっ。



斎藤は眉間にシワを寄せた。
「お母さん、はじめ、どう過ごしたら良いか分かんないってさ」
「そんなこと言われても、今どきの高校生の生態なんて、
おかーさん、分かんない」
「……はじめだし、青臭いのが良いよね。
イルミネーション見て、お茶して?」
「高校生ならそれ位しか出来ないわよねぇ」
「高校生だからその程度で良いでしょ」
「……その程度、って。あんたも大差無いじゃない。
泊まってくる位の相手はいつ見つけるの?」
「だってショボイ男ばっかりなんだもん。
頑張ってるんだよ、これでも」
「今年は?」
「3人」
「……去年より少ないじゃない」
「仕方ないでしょ! 1年1年、年取るんだから!」
「そんな事言って。官僚になったら忙しくて相手探せないんじゃない?」
「それは目標! なれるか分かんないしっ!
男居なくても生きていけるしっ」
「それはそうね。あなたなら大丈夫!」
「ありがとう。私もそう思う。それよりはじめの話だよ」
「そうだったわね」



……才色兼備の東大生が満足出来る男など、そうは居まい。



斎藤は母と姉の会話に密かにため息をついた。
「……ね。うちに来てもらえば?」
姉が言い出した。
「…………は?」
「あ、良いかも。お姉ちゃんは出かけちゃうし、2時間位ならおかーさん、
映画でも見てくるわ」
「…………は?」
「……お掃除しなくちゃね」
「…………。」
「あらやだ、あんまり日にち無い……。
……玄関でしょ、廊下、トイレ、」
ここまでは斎藤も黙って耐えた。
「お台所も使うかもしれないし、お風呂、洗面所……。
あ、バスタオルは新しいのあるんだけど。
シーツ、新しくしようか、はじめ?」
「……あんたらは何を考えている」
「あらやだ。考えてないの?」
「仕方ないよ。はじめ、未経験者だし」
「困ったわねぇ」
「だから!一体、何をどこまで考えているんだっ!
高校生をそそのかすなっ!」
顔を赤くして斎藤は言った。
斎藤のツッコミ体質は、家庭環境から来ていた。

「そう言うけど。高校生にもなって女の子に興味が無いかと
心配してるこっちの身にもなって欲しいわ……」
「私の周りはサカってるのばっかりなのに、世の中って色んな男が居るよね……」
母親と姉にため息をつかれ、斎藤も違う意味でため息をついた。
「はじめ。あんた、出来ないとかじゃ……」
「いい加減にしろっ!」
姉のボケに、顔を真っ赤にしてツッコんだ。

「……でも、はじめにその気が無いなら、おかーさんに居てもらえば
家に呼んでも相手の子も安心なんじゃない?
クリスマスなんて街は人だらけで、逆に進展しないよ」
「そうね。よそ様のお嬢さんを暗くなってから連れ回すより安心ね」
「……連れてきてどうしろと言うのだ……」
なんだか家に連れて来るのが決定になりそうな気配に、
斎藤はため息をついた。
「お茶してー、」
「お喋りしてー、」
「あ、アルバムはお約束!出しておくねー」
「出さなくて良いっ!」
「でもちっちゃいはじめは可愛いかったのよー!
赤ちゃんの頃の裸んぼうの写真なんて……」
「絶対出すな!」
「じゃあ幼稚園の頃の。
桃太郎の立ち回りがウケたから剣道始めさせたのよねー。
桃太郎の写真も可愛……」
「出すなっ!」
今度は母親にツッコんだ。
「……あ。出せないわ」
「……は?」
「その頃にはもうアルバム作り、飽きてたから。
でもパソコンに……」
「要らんっ!!」
「……ケーキはホールより、一人用のを何種類かにしておこーっと。
ツリー出さなきゃ。お気に入りだったのに、
あなたたちが忙しくなってからは出さなくなってたものねぇ。
あ、紅茶も良い葉っぱ買っておかなくちゃ」
冷蔵庫に買い物メモを貼った後
いそいそとツリーの準備を始めようとする母親に、
斎藤は左手で顔の左半分を覆ってため息をついた。
姉は、もう話は終わったと見たらしく、
途中で止めていたテレビの再生ボタンを押していた。



こんな家に連れてくるかっ!



斎藤にも守りたいものがある。
姉がおもむろに画面を停止させると振り向いた。
「そだ。はじめ。あんた、プレゼントは買えるの? 」
「時間が無い」
「明日連れてってあげようか?」
「は?」
「8時まではやってるじゃない。
あの、ちょっと離れたショッピングセンター」
「しかし帰ってからでは……」
「車出してあげるよ。学校に迎えに行って、
そこから直で行けば間に合うでしょ。
あんまり選ぶ時間取れないけど」
「……頼む」
「ほいほーい」

何だかんだ言いつつも頼りになる姉なのだった。
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