◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【1】
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【億千万の胸騒ぎ 1】




斎藤一、高校二年生、には、カノジョが居る。
同じ高校に通う一年生、雪村千鶴、である。

雪村千鶴は可愛いかった。学内でも密かに人気がある。
大きな目に白い肌、さくらんぼの唇、柔和な笑み。
そして気立ても良かった。
骨惜しみせず出来る事はやろうとするし控えめで細やかな気遣いもある。
そんな見た目と行動で大人しい押しに弱い子だと思われがちだったが、
実はNOの言えるしっかり者である。
入学以来列を成した学内でも評判のイケメンたちの
強引かつ自信満々の誘いを、ごめんなさいの一言で
綺麗さっぱり断り続けた。
そんな所も人気の秘密だったかもしれない。

共学になったばかりで圧倒的に男子の多い某名門校。
その学校の教頭、かつ風紀委員会顧問である土方歳三が
風紀委員である斎藤に女子新入生に気を配るよう頼んだのが、
二人が知り合うきっかけだった。



千鶴自身は、夏になる頃にはバレンタインデーを心待ちにするようになっていた。
入学以来控え目に気を配ってくれる先輩に密かに想いを寄せていた。

クリスマスが視野に入ってきた11月半ば。
斎藤は、浮かれる周囲に刺激され、千鶴に悪い虫が付かないかと焦燥した。
その焦りから自分の気持ちに気付き、渾身の勇気を振り絞り告白、
無事恋人関係と相成った次第である。


***


12月の半ば。
恋人としてのお付き合いが始まって約1ヶ月。
クリスマス一色の街を歩く度に、千鶴の胸も少し期待に膨らむ。



……今年のクリスマスは手を繋ぐ位は出来るかな……。



そんな事を思いながら、千鶴は職員室へ集めたプリントを持って行った。
と。
土方先生の元に三人が集まって騒いでいた。
そこに斎藤も居たので、千鶴は事の成り行きが気になった。
「頼むよ先生ー!クリスマス前、どっか空けてくれよ!
既に疑われんだよ!これでクリスマスまで何もしなかったら振られちまうー!」
「頼むよ先生ーっ!」
「バカ野郎。学生の本分は何だと思ってんだ、お前らは」
「そりゃ土方先生位顔が良けりゃ良いよ!
俺たちは、努力に努力を重ねてカノジョ作るんだよ!
分かってくれよ、先生ー!」
「……ったく……。……斎藤?お前の用事は何だ?」
「は? 俺も同じですが」
「……はぁ?」
「彼らの血の滲むような努力は近くで見て知っています。
部活後、疲れた体で空腹を差し置いて連絡し、
僅かな時間を割いて会っているようです。
現状、朝練前のメールや部活後の疲れて半分眠っての意味不明な返信に、
相手にも負担を強いているように見受けられます」
相手にも負担、と聞いて、土方先生は少し考え込んだ。

土方先生の元に集まっているのは剣道部の数人。
自分たちだけでは土方先生を口説き落とす事が出来ないと見て、
品行方正成績優秀文武両道な斎藤を拝んで引っ張って来ていた。
しかしその斎藤の言葉に、自ら打ちひしがれた。
「……血の滲むような……って、斎藤……」
「そりゃお前ならその気になれば簡単にカノジョ出来るだろうけどさ……」
「そりゃ関係ないお前を連れてきたのは俺たちだけどさ……」
斎藤はほんのり頬を上気させた。
関係はある。
斎藤とて今年はクリスマスには時間が欲しい。
ただ、千鶴と付き合い始めた事はまだ誰にも言っていないので、
違う方向から謝罪した。
「言葉の選択が悪かったか。すまん」

「……どこで休みが欲しいんだ?」
「ひっ、土方先生ぇぇぇ!」
今にも嬉し泣きしそうな勢いで三人は土方先生に詰め寄った。
「汚ねぇツラ寄せんじゃねぇ!」
「「「23日!!」」」
「はぁ? 祝日じゃねぇか! そんな日休みにするなんて勿体無ぇ事出来るかっ」
「「「じゃあ24日!!」」」
「……分かった分かった。24日は休みにしてやる」
「「「先生ぇぇぇ!!ありがとう!」」」
「汚ぇツラ更に汚くして寄せるなっ」



24日、剣道部、お休みなんだ!
もしかして、ゆっくり会える……?!



三人の後ろで小さく微笑を浮かべている斎藤を見て、
千鶴の胸もピョコンと跳ねた。
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