◆ くだらない話(all)

□(現代)凛麗 【3】完結
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【凜麗 15】



三人が鈴鹿の家のインターホンを押したのは
辺りが薄闇に覆われた時間だった。

『はい』
「同じ大学の沖田と言います。千さんに忘れ物を届けに来ました」
『申し訳ありません。只今留守にしております』
「じゃ、千鶴さんお願いします」
『申し訳ありません、その者も只今留守にしております』
「それは嘘だよね。さっき電話で話したもん。
どうしてそんな嘘つく必要あるのかな?」
『……失礼いたしました、勘違い致したようでございます。
確認して参りますので少々お待ち下さい』

暫くすると、会いたくないと言っている、という返事が来た。
沖田の目が、挑戦的に光り出す。
「……じゃあ、斎藤一が来たって伝えてくれる?」
『……お待ち下さい』

また、会いたくないと言っている、という返事が来た。
「……おかしいな。
僕たち、千鶴ちゃんが彼氏をお家にご招待って話に
便乗して来てるんだけど」
『……お待ち下さい』

沖田は土方と斎藤を振り返った。
「奇妙なのは気付いてるよね?
千鶴ちゃんは家に居る。でも会わせたくない。
千ちゃんは本当に居ないと思うけど、
千鶴ちゃんは千ちゃんの居場所と状況を把握してる。
でなきゃ、千鶴ちゃんは大人しく家に居ないと思う。
異論は?」
「無い。雪村と直接話が出来ねば事が進まんな」

『お待たせ致しました。
体調が悪いので、今日はお帰り下さいとの事です』
ぶつ、と、インターホンが切れる音がした。

「……さて。千鶴ちゃんを呼び出すには、
どうしたら良いでしょうか?」
振り向いた沖田に、
土方と斎藤は、高い塀に囲まれた大きな家を見上げた。
「……肩を貸せ。塀を超える」
「土方さん、それ、不法侵入」
「じゃあどうすんだよ?!」
「ロミオ様の出番デショ」
沖田は斎藤を見た。

「これだけの大きな家だから、近くまで行かないと声は届かない。
はじめ君。それらしき部屋の下で千鶴ちゃんを呼んで」
「不法侵入には変わり無ぇんじゃねぇか?」
「変わりは無いけど。
さっき、招待されたって言った時に
インターホンの人、中に確認に行ってる。
本当に招待されたかされていないか、分かって無いと思う。
もし向こうがはじめ君の顔を知っていたら、
土方さんが行くよりは時間稼げるから。
警察呼ばれても、千鶴ちゃんははじめ君ならかばうでしょ」
「…………。」
斎藤は、そうだろうか、と疑問に思ったが、
誰かが行く事になるなら自分が行けば良い、と考えた。

土方と沖田の手を借りて塀に乗り、
庭へ降り立つ。
エアコンの室外機を見つけ、それを足場にベランダに手を掛け、
身軽に手摺を越えた。
「……そこまでやれとは言ってないんだけど……。
あれじゃ本当に不法侵入……」
薄闇に辛うじて分かる斎藤の影を見つけた沖田は、
思わずといった様子で呟いた。
「花泥棒は罪になんねぇよ」
「そんな訳無いでしょっ!
現代じゃ不法侵入に強制猥褻罪、
下手すれば暴行未遂だよ。
あれでもし、はじめ君が他の人の部屋と間違えたら……っ」
言い出した沖田の方が焦っていた。
見守っていると、1つの部屋の窓が開き、千鶴が見えた。
沖田ははっきりと安堵を見せた。
しかしすぐに驚き、両手を膝につけて体を支えた。
「っ!……はじめ君って……!」

斎藤の影は、驚いた千鶴を黙らせるために千鶴を引き寄せ、
手で口を覆っていた。
「あれじゃロミオじゃなくて犯罪者っ!」
「……お前の案だろうが」
土方の呆れた声が沖田を責める。
「僕は、庭から千鶴ちゃんを呼んでって言ったつもりだったの!」
「……でも上手くいったようだぜ」
土方に言われて、沖田は顔を上げた。
斎藤の影が部屋に消えて行った。 すぐに、斎藤から沖田に電話が入った。
『鈴鹿はグランドホテルという所に居るそうだ』
「……分かった。すぐに出てこれる?」
『出れる。雪村も出かける所だった』
「分かった。正面玄関で良い?」
『………………、…………、
車があるそうだが』
「借りよう」
『駐車場は、玄関に向かって右手、
ベンツだそうだ』
「オッケ。そっちで」
土方と沖田は静かに駐車場を目指して塀沿いに回り込んだ。




沖田は、駐車場にある車を見て思わず黙った。
アウディやレクサスと並んで、
ベンツマークが燦然と輝いている車が一台。



ベンツはベンツだが、
ガッツリごっついデカい。



ジープ。



「確かにベンツだけどさ……。
……どうしてゲレンデヴァーゲン……。
これって、軍用ジープ……?
一般仕様なんだろうけど……。
…………。
どうしてこれなのさ?!
ここはお嬢様定番の黒塗りベンツで良いじゃない?!
誰の趣味なんだよ!」
沖田がブチ切れ手前の顔で、小声で文句を言いまくる。
「日本で軍用ジープ乗る必要がどこにあるのさ?!
千ちゃんは戦争でも始めたいの?!」
「……格好いい車じゃねぇか。俺は好きだけどなぁ、こういうごついの。
落ち着けよ、総司」
「……そうだけど」

千鶴の部屋に入った斎藤も、沖田と似たり寄ったりの
衝撃を受けていた。



千鶴の部屋は広かった。
天蓋付きのお姫様ベッドに、オフホワイトのセンターラグ。
窓際には猫足のティテーブルと椅子。
そして、その部屋の一角には、大きく無骨な作業台。
作業台の前には無骨な棚が付けられ、
そこに並んだ小さな可愛らしい箱には、
ビス、ボルト、ナット、ワッシャー、基盤1、基盤2、
コード大、コード小、歯車、カプセル、
接着剤1、接着剤2、クリップ、
絶縁テープ、電池、ワイヤー、銅線、ニクロム線、
などと表示されている。



……女の部屋に、ボルト、ナット……?



作業台の上には、様々な工具。
電気ハンダこてやら各種ドライバーやら
大きな置き型ライト付きルーペやら。
その横の白く可愛らしい棚には、
大小のモニターやらトランシーバーのようなものやら、
使用目的が分からないような装置がズラリと並んでいる。
一緒に並んでいる可愛らしいペンや髪飾り、
キーホルダーとモニター、時計とモニター、
のようなものは完成品らしく、
可愛らしい布の上に飾りのように置いてある。
その横に、『毒と薬』『野草と毒素』『毒を持つ生物』といった
微妙な本が並んでいた。



…………。ここは、007の工房か……?



「もう出る所だったので、入れ違いにならなくて良かったです。
でも、どうして窓からいらしたのですか?」
「門前払いをされた」
「……。お手伝いさん、やっぱり叔父さんの味方だったんだ……」
「叔父さん?」
「後でゆっくり話しますね」
千鶴はニコリと笑うと、モニターを2つばかり、
大きめだが可愛らしい鞄に入れた。
「沖田さんからも何度かお電話頂いてたんですけど、
忙しくて出れなくて……」
「一緒に来ている。土方さんもだ。
ああ、湿布の類は無いだろうか?」
「……お怪我されたんですか?」
「土方さんが襲われた」
「……すみません……」
「大事は無いようだ」
「……良かったです。あの、斎藤さんはご無事ですか?」
「大丈夫だ」
「でも、この部屋に来るのに、
誰かに見つかっていたらと思うと怖くなります。
きっと警察に突き出されてました。
もう、なさらないで下さい……」
潤みかけた大きな瞳で見つめられ、
斎藤は微かに笑って見せた。
「総司によると、ロミオは庭からジュリエットを
呼ぶものらしい」


ポポポポポポ、と、千鶴の顔が赤くなった。
「ろ……ロミオ様……?」
自分の言った事がどんな意味を持ったのかに気づいた斎藤は、
気の利いた言葉で、優勝したら言おうと
思っていた事を伝えたかった。
だがロミオとジュリエットでは悲劇だし、
舞いあがっているし急いでいるしで、
何も思いつかない。
結局、千鶴と見詰めあった後、そっと視線を外した。

その斎藤に、千鶴は。



…………人魚姫っ!
人魚姫人魚姫人魚姫!
王子様と見詰めあった後の人魚姫だぁぁぁぁっ!!
斎藤さん!そういう事ですよね?!
私、王子様ですよね?!



確信を抱いて、密かに心を天空まで
舞い上げていた。
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