◆ くだらない話(all)

□(現代)凛麗 【3】完結
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【 凜麗 14】



「あ、これ。頼まれてたはちみつレモン。
今時これですか」
お千は大きなタッパーを入れた袋を差し出した。
「女マネージャーが居る時はこれも良いんだよ」
「マネージャーじゃ無いんだけど」
「そうだな。お前は豆狸だもんな」
「返して」
「これだけの量を一人で食うのか?」
「……無理ぽ」

そんな事を話していると、部員たちがゾロゾロとやってきた。
邪魔にならぬように、千鶴とお千は観覧席へ移動した。


「プレゼント、受け取ってくれたね」
お千が話を振ると、千鶴は赤くなっていった。
お千は千鶴の様子に、クスリと笑う。
「何言われたの?」
「……優勝する、って……」
「ほほう。優勝したら告白かぁ。
って、20年前の少女漫画かーい!」
「そんなんじゃないよ……」
云いながらも、千鶴も少し期待していた。



**********



長々と待って、やっと大会は始まった。

「千鶴ちゃん。斎藤さん、使ってくれてるね」
「……うん」
斎藤の後ろ姿を見て、千鶴は少し赤くなった。
朝千鶴が渡した手拭いを、斎藤は
面手拭い(面の防具の下、頭に巻く手拭い)として
身につけていた。
「土方さんもお千ちゃんがあげたの、使ってくれてるね。
トンボ柄を選んだみたい」
「狸の面手拭いはさすがに無かったから、
普通の手拭いだもん。
ちょっと小さいだろうとは思ってたんだ。
お姉サマ、頭小さそうだからどうかなー、と思ったんだけど」
「トンボは大きいサイズなの?」
「ん。10センチ位長さに差があるよ」
「……2人とも優勝、っていうのは、無いんだよね……」
「どっちも優勝を逃す事はあるけどね」
「……じゃあ、優勝は?」
「沖田さん」
「ふふ。お千ちゃん、沖田さんと
仲が良いのか悪いのか、わかんない」
「……悪友って感じなのかなぁ。
私もよく分かんない。一緒に居るのは楽なんだけどね」
「似てるんじゃない?」
「それ、お姉サマにも言われたわー。
ちょっと落ち込む……」
「二人とも、人のあしらいが上手いもんね」
「……そうかもしんないけど、
千鶴ちゃんはあしらえないわよ?」
「うん、知ってる。ありがとう」
千鶴はクスクス笑って、お千の額にコツンと額を合わせた。
寄り目になった互いの顔に笑った。




剣道部は、個人も団体も順当に勝ち進んでいた。

個人の準決勝戦で、斎藤と土方が対峙した。
共に手の内は知り尽くしている。
双方四段だが、土方から見ると斎藤の剣道は綺麗過ぎて読み易い。
だが時折変なクセのある筋で打ち込んでくるので
気は抜けない、という、面白い相手だ。
一方の斎藤は、今日は何があっても負けない、という背水の陣。
1つの決意を胸にして試合に挑んでいた。

途中までは土方の知る綺麗な剣道、だったが、
疲れが出るに従ってクセが強く出てくる。
気合いの声を上げなくなり、
黙々と 殺気立った気迫で猛烈に踏み込んで来る。



これがこいつの本性だな……



面を食らったら脳震盪を起こしそうな重い打ちに、
じりじりと土方は追い込まれていった。
最後には、言い訳出来ない正確な一本で、斎藤が勝ち上がった。

決勝の相手は沖田。
斎藤の気迫と沖田の冷徹な剣技がぶつかりあって長引いたが、
個人戦は斎藤が制した。

礼をした後、斎藤は観覧席を見上げた。
身を乗り出さんばかりに見守っている千鶴が見えて、
斎藤は、深々と息を吐いた。



**********



大会が終わり、解散となった後、着替えた斎藤は
観覧席へと向かった。
千鶴とお千が居た場所には、誰も居なかった。

少し遅れて来た土方と沖田が、辺りを見回している斎藤に
顔を見合わせた。
「……居ねぇのか?」
「はい」
土方がスマホを取り出しお千に電話をかけた。
斎藤も千鶴に電話をかける。
「……出ねぇな。
黙って帰る奴らでも無ぇと思うんだが。
そっちも出ねぇのか」
斎藤が、固い顔でうなづいた。
沖田は二人のキッズ携帯へ電話をかけた。
こちらも応答が無い。
「……何かあったみたいだね」
沖田の一言に、斎藤は防具を沖田に押し付けて走り出した。
「俺も探してみる。荷物頼む」
「うん」
沖田は二人が見えなくなると観覧席に座った。
「……千ちゃんが買ったスマホ、
千鶴ちゃんのものになってるから。
はじめ君の前ではちょっと出来ないもんね」

沖田は鞄から小さなノートPCを取り出した。
あるサイトにログインし、画面を見る。
お千がスマホを買い替え、アプリを入れた時に
こっそり遠隔操作アプリを入れた。
お千の言っていたお家騒動の話が、どうにも気になったからだ。
こんな事が無ければつかうつもりは無かったが、
残念ながら役に立ちそうだ。
アプリの存在に気付かれていなければ、GPSで場所が追える筈だ。



……千鶴ちゃんは駅を通ってるから電車だね。
千鶴ちゃんはあまり心配無さそう。
だったら、どうして電話出ないのかな。



沖田は千鶴のスマホに電話をかけた。
数コール後。
沖田が名乗る前に、千鶴の、留守番電話の応対のような
一方的な返事が来た。
『すみません、取り込み中なので後で連絡します』
「千ちゃんは一緒?!」
『別です』
千鶴の声はそう言うとプツリと電話を切った。



……参ったな。
こんな半端な情報だと、二人には報告出来ないや。
……千鶴ちゃんを捕まえれば、
千ちゃんの居所も分かる筈だけど。



沖田は画面を見続けた。



……千鶴ちゃんは、自宅に向かってるっぽい。



千鶴の行動の軌跡を見て、そう判断した。
画面を見ながら考え込む。



……千ちゃんに何かあって、二人は別行動になった。
千鶴ちゃんが騒ぎもせずに自宅に向かってるって事は
身内のゴタゴタ関係だね。
命の危険は無さそうだけど、身の危険は微妙かな。
……強いから、ま、大丈夫だろうけどね。

でも、気に入らないな。
はじめ君は今日優勝したら千鶴ちゃんに
気持ちを言うつもりだったのに。
それを邪魔した奴ら。
凄く気に入らない。



沖田はPCをしまうと、手の左右の指先を合わせて、考え込んだ。
iPhoneを取り出し、LINEを起動して土方と斎藤に送った。

“見つからなければ、2人の自宅に行ってみよう”

斎藤はやがて汗を光らせて戻ってきたが、
土方がなかなか戻らない。
「はじめ君。僕、ちょっと探してくる」
「頼む」
沖田が観覧席を出て階段に向かうと、
土方が右腕を押さえて上がってきていた。
「土方さん?!」
「大した事無ぇが……いきなり襲われた。
学生にゃ見えなかったぜ。何が起きてんだ?」
「……先にはじめ君のトコ戻ろう。1人にしてきちゃった」
「……だな」
沖田は土方が手にしていた狸の手拭いを濡らし、
土方の腕の赤くなった部分に当て、
観覧席に戻った。

青ざめた斎藤に濡れた手拭いを
もう1枚の手拭いで縛り付けて貰いながら、
土方は沖田に尋ねる。
「総司。連絡はつかねぇか?」
「千鶴ちゃんには1度繋がった。
取り込み中、って言われてすぐ切られた。
その後は繋がらない」
斎藤が息を飲む音が沖田の耳に届いた。
「……豆狸は一緒か?」
「分かんない。一言で切られたから。
でも一緒じゃない?いつもくっついてるし」
嘘だが、土方が本気でキレたら大事になりそうだと思えて、
そう誤魔化した。
まだ余裕はあると見て、そう答えた。

「千ちゃんの家、跡目争いがあるらしいから、
その絡みじゃない?」
「何が起きてんだ?」
「さあ? セコくて浅ましい陰謀が渦巻いてるらしいよ」
「……何だ、それは?」
「知らない。千ちゃんがそう言ってただけだから」
土方に睨まれ、沖田は肩をすくめる。
「巻き込みたくないから、土方さんには
言わなかったんだと思うけど?」
「お前なら巻き込んでも良いってのか」
「僕は首突っ込まない事を知ってるもん、千ちゃんは」
土方は小さく舌打ちした。
「帰ってるかもしれない。家に行ってみようよ」
「何か起きてるのに、呑気に家に帰るか?」
沖田の提案に土方が噛み付く。
「……土方さん。電話が繋がらない以上、他にあてもありません。
行ってみませんか」
斎藤は沖田の落ち着きを奇妙に感じ、
何か腹案がありそうだと見て言った。
「……わかった」
「土方さん、腕は?」
「さぁな。折れちゃいねぇ。全国大会までには治るだろ」
幾らか顔をしかめながら土方が言う。
土方の防具を斎藤が持ち、3人はお千と千鶴の家に向かった。





電車の中。

土方は呟いた。
「……豆狸にちょっかい出して、何になるってんだ?」
「……跡目争いなら、簡単なのは
千ちゃん脅して権利を放棄させるとか、
入婿になって実権を握る事かな」
「……総司……。何だ?、その、
ベタな昼の泥沼ドラマのような話は……」
少し呆れを含んだ斎藤の声だった。
「千ちゃん、セコくて浅ましい陰謀が渦巻いてるって言ってたから」
「的外れじゃあ無ぇだろ。
殺してどうこうなんてのは現実的じゃ無ぇ。
ドロドロの昼ドラ設定が精々だろ。
豆狸が問題を起こしても廃嫡に動くな」
「土方さんが襲われたのはその絡みかな。
千ちゃんの彼氏と思われてんでしょ。
何か思い当たらない?」
沖田は、自分では無く土方が襲われたのが納得出来ない。
スマホを買い替えた時に同行し、
尾行がついたのは自分だったのに、
襲われたのは土方。
お千の相手は自分ではなく土方だと
思われた理由があるはずだと思う。

「飯食いに行ったくらいだぜ?」
「それだけなら僕の方が勘違いされてるよ。
何かやってるはず。
こんな意味の無い時期に妙に活発に動き出したのは
そのせいでしょ」
「……総司。意味の無い時期、とは?」
「跡目争いの昼ドラなら、16とか18とか、結婚できる誕生日近くに
事件は起こるでしょ。
今動きがあるとしたら、千ちゃんの男関係への警戒だもの。
千ちゃんと出掛けた時、尾行ついてたから僕も一時は警戒されたはず。
なのに襲われたのは土方さん。
土方さんが千ちゃんの彼氏だって思われた理由があるはず」
「…………。土方さん、飯は、何処に?」
「グランドホテルの食い放題だが?」
「……いつ?」
「ありゃ、ゴールデンウィーク明けだな」
「……土方さん、やらかしてんじゃない……」
沖田が呆れたようなためいきをついた。
「はぁ?」
「ホテルに入ったんでしょ」
「レストランだぞ?」
「そこまで見届けて無いんでしょ」



どうしよっかな。
グランドホテルに出入りした事が分かって、
かつ、レストランに入った事が知られていないとするなら、
グランドホテルの従業員が怪しい。
尾行してたなら行く先見届けるだろうからね。
グランドホテルを千ちゃんの縁戚か、
千ちゃんの一族がよく使っているとしたら、
千ちゃんのお家事情を知っていて情報を流した可能性もあるよね。
二手に分けて片方グランドホテルに直行させて
千ちゃんを探したい所だけど。
探すって言っても、友達レベルの素人じゃ大した事は出来ないな。
土方さん怪我してるし。
千ちゃんの身内状態の千鶴ちゃん拾って
移動が現実的かな。
……読み通りだと良いけど。



沖田は黙って窓の外を見ている。
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