◆ くだらない話(all)

□(現代)凜麗 【2】
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【凜麗 8】



電話を切ったお千は、考え込んだ。



失敗を、無かった事に、かぁ。
つまりはニュートラルな状態。
千鶴ちゃんを、人魚姫が男だって知って、
ビックリしただけ、の状態にする事。

千鶴ちゃんは斎藤さんと沖田さんは両想いって考えてるから、
その誤解を解かなきゃ。

どぉぉぉしよっかなぁぁぁ……。



お千はスマホを充電し、ベッドに突っ伏した。



私も3回まわってワンって言うから、
良い方法誰か教えて……。



お千は零時を過ぎた時計を見て、
モゾモゾと目覚ましをセットすると、
枕を抱いて眠った。



**********



ランチタイムの学食で千鶴と合流したお千は、
帰りに剣道部に寄りたい、と千鶴に言った。
「昨日帰りがけに、沖田さんがiPhoneを
鞄に放り込んでくれちゃってて。
モノがモノだけに、返したいのよね。
先に帰るか、どこかで別場所で待ってる?」
「……えっと、……」

事の発端は自分だと思うと、お千に手間をかけさせて
申し訳ない気がする。
でも沖田とも斎藤とも顔を合わせにくい。
それに、途中でいきなり斎藤が男だったと解った為に、
人魚姫が恋しい。
あの人魚姫は存在しないと思うと、寂しい、哀しい。
昨夜は泣けなかったのに、今頃じわじわと鼻の奥がツンとしてきた。
「……ちょこっと離れた所で待ってるよ」
「うん、分かった」
泣きそうに眉を下げている千鶴を見て、
お千は何も気付いていないように笑った。





数時間後。

お千は剣道部の部室を訪ねた。

出て来たのが驚くほど整った顔の男だったので、
さすがのお千も、思わずまじまじと見入った。
「……ここまであからさまに不躾に見られたのは久しぶりだぞ、
オイ、新入生」
男は眉間に皺を作ると、お千を睨み下ろした。
「……シンデレラのお姉さん……」
「はぁ? シンデレラの姉の何が悪いってんだ。
欲しいモンの為に行動しただけじゃ無ぇか」
シンデレラのお姉さんの迫力ある視線を受け止めつつ、
お千は顔を凝視している。
鑑賞に耐える顔だ、と思っていた。
「悪くないと思います。
けど、お姉さんがシンデレラより美人だと、
物語にならないと思う」
「物語っつーのは、滅多に無ぇ話だから物語なんだよ。
現実見ろ、豆狸」
「同感です。で、沖田さんはいらっしゃる?」
「もう道場行った」
「わかりました。そちらへ回ります。
ありがとうございました」
「おい、豆狸」
呼び止められ、振り返った。
「はい?」
「総司に何の用だ?」
シンデレラの姉は、警戒も顕に言った。

「……お姉さんは、沖田さんとはお付き合い長いですか?」
「ガキの頃からだ。何の関係があるんだ?」
「……沖田さんのiPhoneを預かってます。
返しに来たんです」
お千は、シンデレラの姉の表情を注意深く見た。
シンデレラの姉は、警戒を更に強めた。
「なんでお前がそんなもん持ってんだ?」
「昨日、私の鞄に勝手に突っ込みやがったんですよ。
夜には鳴らしまくってくれるし、
電池切れても喋りまくってくれるし、良い迷惑でした」
「…………総司がか?」
「沖田さんのお知り合いなら教育しといて下さい。
あの自己中男」
すると、シンデレラの姉は、クッ、と笑って相好を崩した。
「確かにお前は総司の知り合いだな。
行ってやってくれ」
「……。言われなくても行きますよ。
また20回も延々と呼び出し音聞くなんて
耐えらんないもの」



電池は切れてるからもう鳴らないけどね。
代わりに私のスマホが鳴るのは間違いないもの。



お千はゲンナリした顔をした。
シンデレラの姉は、笑いを収めて真面目な顔になった。
お千は、その顔も見届けた。
「……何があった?」
「そんなの本人と話して下さい。
お邪魔しました」
お千は、見るものは見た、と思ったので身を翻した。
「おい、豆狸!」
「何?」
シンデレラの姉は苦笑いになった。

「迷惑かけて悪ぃな」
「まったくです」
「それでも返しに行こうとしてくれる事には、
俺からも礼を言う」
「……お姉さん、苦労多そうね」
シンデレラの姉は、眉尻を少し下げた。

お千は千鶴を拾って武道場に向かった。
「お千ちゃん、何怒ってるの?」
「沖田さんよ。あのお坊ちゃま!」



斎藤さんだけじゃなくて、シンデレラのお姉さんも
ちゃんと沖田さんの性格の悪さを知りつつ可愛がってんじゃない。
何が3341よ。
見えてないんだわ、あのお坊ちゃま!
贅沢!



「?」
「……大した事じゃないから大丈夫」
心配そうな千鶴に、お千は余裕の笑みを向けた。





武道場。

窓が開いているらしく、近づくだけで
気合の入った声が聞こえてきた。
「じゃ、待ってるね」
「うん、ごめんね」
お千は武道場の中へと入って行った。
千鶴は、その姿を手を振って見送った。

周りを見たが、座れそうな場所が無かったので、
手近な木にもたれた。
お千から借りた本を鞄から取り出す。
読んでいるうちに段々と夢中になっていった。
内容が少し怖くて、人気のない場所と、
風でざわめく葉擦れの音に更に怖くなった。
時々顔を上げるが、何の変化も無い。
お千も戻らない。
また本に目を落とした。
怖いけれど面白いので、また夢中になって読んでいた。

「こんな所で何を?」
「ひゃあっ!!」
突然近くでした男の声に、千鶴は思わず小さな悲鳴と共に
本を取り落とした。
「……江戸川乱歩?」
道着の男が本を拾ってくれていた。
「あっ、すみません!」
慌てて男の傍に寄った。
「ありがとうございます」
差し出された本を受け取って、男を見上げて礼を言う。
「……こんな所で、どうしたのだ?」
「へ? あ、友達を待ってるんです。
武道場に行ってるので……」
男の顔に違和感を覚えて、じっと見た。
「武道場に?」
その声と、目に、千鶴は固まった。
男の手と目の間を、視線を三往復させた。
「…………………………苺ちゃんっ?!」
「……………………………………………。」



苺、は、やめて欲しい……。



「名は、斎藤一、だ」
「はっ!すみません!」
手で口を押さえようとして、本を自分の顔にぶつけてしまった。
「いたっ」
空いている手で顔を押さえた。
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込まれて、ドキリとする。



人魚姫の目だ。
王子様の具合を心配していた、人魚姫……。



「あ!大丈夫っ、です!」
「……友達とは、昨日の? 何かあったのか?」
「えっと、はい。沖田さんに返す物があるとかで」



うわぁぁぁん!
バツが悪いよぉぉ!
お千ちゃん、早く戻ってー!



「……随分本に夢中になっていたようだが、
長く待たされているのか?」
「あっ、でも大丈夫です!本読んでますから!」
確かに結構時間が経っている。
少しお千が心配になった。
「武道場の中にはベンチがある。中で待っていてくれ。
総司が引き止めているのだろう。呼んでこよう」
「いえっ、ここでっ」
「4月とは言えそろそろ風も冷たくなる。
本なら中で読むと良い」
斎藤はそう言うと、武道場の方へ歩き出した。
少し歩き、千鶴がついてこない事に気付くと
足を止めて千鶴が来るのを待っている。



うぇぇぇん!
お千ちゃんーっ!



千鶴が行くまで動かない様子の斎藤に、
千鶴は斎藤の方へ歩き出した。
千鶴が傍まで来ると、斎藤はまた歩き出した。



背中が人魚姫と同じ。
……人魚姫は、もう泡になって消えちゃったんだ。



まだ鮮明に思い出せる人魚姫の瞳。
また鼻の奥がツンとしてきて、
千鶴は慌てて違う事を考えようとした。
その時、お千の声が聞こえた。
武道場の扉が、パン!と大きな音をたてて開いた。
「いい加減にしなさいよ、このお坊ちゃまが!
昨日の今日で、ホイホイ何とか出来ないって
何度言わせんのよ!」
「そこを何とかさせるために昨日電話したの!」
「いつ話する時間があったのよ!
夜中まで喋りまくってたの、誰っ!
するとしたらこれからでしょう!?」 怒りながら飛び出してきたお千と、
イラついている様子の沖田。
前を歩くお千を引き留めようと、沖田の腕が伸びた。
「よせ、総司!」
「だめ!お千ちゃん!」
それぞれに飛んだ制止の声に、四人は動きを止めた。
斎藤は、千鶴がお千にかけた言葉に驚き、
一度千鶴を見た後、お千を見た。
お千は、沖田の腕をとって何がしかの
技をかけようとしている途中だった。
沖田も、それに対抗するように踏ん張りかけた態勢。

「沖田さんが悪い!」
「わっ!」
沖田の体のバランスが崩れ、お千の宣言と共に、
地面に引き倒されてお千に腕を取られていた。
「いたたたたっ!痛いっ、千ちゃんっ!」
「待つ?!」
「待つ!待つ待つ!1日だけ待……」
「いい加減にしなさいっ」
「お、お千ちゃんっ!」
千鶴はお千に駆け寄った。
お千は、何もしていないような普通の様子で、
顔は驚いて、千鶴を見ている。
「千鶴ちゃん。どうして斎藤さんと一緒に?」
「千ちゃんっ!それより先に離してよっ、痛っ!」
「……待ってたら、冷えるから中へって、
呼んでくるから、って……」
「そっか」
「千ちゃん!痛い!腕!はじめ君、助けてよっ」
「痛くしてるのよ」
「お千ちゃん、離してあげよう?ね?
用事済んだよね?帰ろ?」
千鶴は顔をしかめている沖田を見た後、
焦ってお千をたしなめる。
「そうね」
お千はニコリと笑うと、ひねり上げていた沖田の腕を離した。

「……強いのだな……」
ぼそりと言った斎藤に、千鶴も毒気を抜かれて答えた。
「お千ちゃん、合気道やってるので……」
「合気道……」
「関節押さえるから、技が決まると
動けば動くほど痛いんですよね……」
「関節か……あれは決まると、外すか折るかせねば
どうにもならんな……」
「はい……」
「あんたもやっているのか、合気道」
「はい、お千ちゃんと一緒に……」
「……強いのだな……」



それで、王子様になるなどと考えたのか……。



斎藤は、ぼんやりとそう思って、
起き上がって泥を払う沖田を静観した。
「油断したな、総司」
「見てないで、助けてくれても良いじゃない」
完全に拗ねた沖田に、斎藤は少し笑った。
「総司が悪かったのだろう?」
斎藤の言葉に、千鶴は斎藤を見上げ、
お千も斎藤を見た。
「そんな事無いでしょ。暴力反対」
「どこが暴力よ。私より30センチもデカいガタイの男に
追いかけられたら、身を守るわよ。
行こう、千鶴ちゃん。
じゃあね、沖田さん、斎藤さん」
「…………」
「ああ。気をつけて帰れ」
微笑を向けてくる斎藤に、千鶴もお千も一度目を留めて、
去って行った。
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