◆ くだらない話(all)

□(現代)凜麗【1】
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【凜麗 1】



志望大学の文化祭に、千鶴は、
世話になっている家のお嬢様であり
親友のお千と来た。

下見と受験勉強ラストスパートの
決意を固めに来た千鶴は、
そこで絶世の美女に出会った。
ある部の出し物の「人魚姫」。
その人魚姫は、襟の高い青いドレスで白磁の肌を覆い、
王子を愛おしく切なく見詰めていた。
魔法使いの前で、足の代わりに声を差し出す事を決めた人魚姫の、
強い強い決意の瞳は輝いていた。
声をなくした人魚姫は、王子様に優しくされるたびに
とても可愛らしく恥じらっていた。
そして最後には、凛として海に飛び込んで行った。
人魚姫から、目を離せなかった。



なんて素敵な人……。
強い瞳、柔らかな瞳、美しい瞳……。
どうして王子様はあの瞳に気づかないの。
私が王子様だったら、絶対に人魚姫を選ぶのに。
人魚姫を幸せにしてあげるのに。

……剣道部の出し物なんだ?
…………なんで剣道部が人魚姫なんだろ?



その理由は、お約束とも言える優秀賞の賞品、
学食の食券目当てである。
演目が人魚姫なのは、主役の台詞回しが酷すぎた為。
前半の少ないセリフさえ殆どをナレーションで
誤魔化していたというものだったのだが。



やんやの喝采の中、一人でボロボロ泣いた千鶴は、
呆れ半分、慈しみ半分のお千に慰められた。
「入学して、千鶴ちゃんが人魚姫を幸せにしてあげなよ」
「うん」



千鶴が4歳の時に両親が他界した。
その折に、千鶴の母親の友人だったお千の母が千鶴を引き取った。
4月生まれのお千は3月生まれの千鶴の、1つ年上の同学年。
気の強いお千は、優しい千鶴が大好きになった。
それから数年。
姉妹のような二人は、親友になり、今もとても仲が良い。



お千の言葉に千鶴は、人魚姫は私が幸せにする、
と強く思った。



剣道部は、劇の後、得票稼ぎに衣装で構内を練り歩きだした。
千鶴は引き寄せられるように、その後ろをついていった。

背の高い赤毛の王子様に、
さらさらの黒髪も美しい美貌の人間の姫。
黒いフードを被った翠の目の奇しい魅力の魔法使い。
マーメイドドレスの小柄で元気な人は、
人魚姫の人魚の仲間なのだろう。

最後尾を恥ずかしそうに歩く人魚姫は、
涼しい目元に長いまつげ。
伸びた背筋でありながらうつむきがちで控え目な姿。
千鶴の目には、今にも泡になって消えそうに見えた。
人魚姫を演じた本人も泡になって消えたい気分だったので、
一層そう見えたのかもしれない。

「千鶴ちゃん?」
魔法にでもかかったように人魚姫の一団についていく
雪村千鶴の袖を、鈴鹿千はつんつんと引っ張った。
「……あの人……素敵……お名前なんていうのかな……。
どんな人なんだろう。
あんな女の人、居るんだね……」
千鶴は目をハートにして、人魚姫を見詰めた。
「……え? 千鶴ちゃん、正気?」
「美人……。
……だって、人魚姫って主役だよ!?
それなのにあのひっそりとした様子……。
もうホント人魚姫……」



美人?
……確かに今は美人だけど……。
女の人??



お千は首をひねりつつ千鶴の後ろについていった。

そしてとうとう千鶴は一瞬の隙を突いた。
青いドレスの人魚姫を見上げて真っ赤な顔で言った。
「あのっ、人魚姫とても素敵でした!
切なくて儚くて綺麗でっ!
王子様の代わりに私が幸せにしてあげたくなりました!
お、お名前をお伺いしても良いでしょうかっ?!」
「は? 名前? 斎藤だが……」
人魚姫が答えた時。
「斎藤。てめぇだけ美味しい思いしてんじゃねぇよ。
二人にも言い寄られやがって。
俺なんて男しか寄ってこねぇ」
黒髪の人間の姫が言って、人魚姫を小突こうとした。
人魚姫に肩入れ仕切って人間の姫にムカムカしていた千鶴は、
人間の姫が振り上げた手を思わず遮った。
「ん?」
「叩いたら、に、人魚姫、可哀想ですっ」
「…………」
人間の姫は千鶴を見た後、人魚姫を見て、
それから大笑いを始めた。
「す、すまねぇ。そうだな、王子様取られた上に殴られたんじゃ
割に合わねぇよな」
姫は人魚姫を叩く代わりに千鶴の頭を撫でた。

千鶴はその声に、この人間の姫が男だとやっと気付いた。
よく見れば喉仏もあるし、顕な肩もしっかりと筋肉が乗っている。



……すっごい美人だけど、男の人だぁ……。
王子を虜にした人間の姫って言うより……。



「……シンデレラのお姉さん……」
すると今度は違う場所から笑い声が上がった。
「そうだね。土方さんはシンデレラのお姉さんっぽいね」
「うるせえっ」
笑ったのは、奇しい翠の瞳の魔法使いだった。

その間にも人魚姫は、千鶴と目が合った途端に
恥ずかしそうに頬を染めて視線をそらした。
どこを見れば良いか分からぬ風情で目が泳ぐ。



美人なのに、なんて可愛い人なんだろう……。
綺麗な天の河の瞳……。



千鶴は人魚姫を見詰め続けた。
何か、何か話しかける事は無いか、
と、必死に話題を探した。
「あ、あの、何年生でいらっしゃるんですか……?」
「……2年」
「わたしっ、雪村千鶴と言います!
来年、絶対にここに入りますっ」
人魚姫はほんの僅か目を見開いたようだった。
そして、ほんの僅かな微笑を浮かべた。
「がんばれ」
「は、は、は、はいっっっ!」



あ。あ。あ。
笑った。人魚姫!人魚姫笑った!
わぁ。なんて優しい瞳……っ!
王子様見てた瞳っ!
なんて……なんて、瞳が語る人なんだろう……っ!



「君?人魚姫と一緒の写真、撮ってあげようか?」
「総司?!」
「ほんとですか?!」
魔法使いに言われ、千鶴は急いでスマホを取り出した。
慌てすぎて取り落としかけたが、
人魚姫が手を添えてくれて落とさずに済んだ。



人魚姫、優しい……。
ひんやりとした手……。
指、長い……。



思わず心臓を跳ねさせて人魚姫を見た。
人魚姫は千鶴の視線に驚いた後、
戸惑ったように少し赤くなって、視線を手元に落とした。
手が、そっと引かれていった。

千鶴は人魚姫から目が離せない。
つい見入っていると、手の中からスマホが取り上げられた。
すぐ横に魔法使いが立っていた。
「撮るよ?」
「あっ、ありがとうございますっ!」
魔法使いは勝手にカメラ機能を見つけ出し、
勝手に設定を変えて構えた。
魔法使いは指で、人魚姫に、もっと寄れ、と指示した。
千鶴のすぐ後ろに人魚姫が立つ。
体温すら感じそうな距離に、千鶴の心臓は飛び出しかけていた。
魔法使いの後ろでお千が手を振ってくれていなかったら、
ドキドキで倒れていたと思った。
「はい、にこー」
魔法使いの言葉に、千鶴も思わずニコーとした顔になった。
かしゃり、というわざとらしシャッター音がしたので、
千鶴は魔法使いの元にスマホを取りに行った。

「ありがとうございます!」
「いいえー。ちょっと待って。
人魚姫、こっち!」
照れたように俯いていた人魚姫は、
魔法使いの言葉に顔を上げた。
魔法使いの聞きなれた声に素に戻ったのか、
スッ、と背筋が伸びて凛とした姿になった。
と、言ってもドレス姿だが。

その瞬間を逃さず、魔法使いはシャッターを切った。
「総司っ!」
「バッチリじゃない?」
魔法使いに見せられた画面の中には、
真っ直ぐにこちらを見てくる人魚姫が居た。
「…………っ!…………っ! ……っ!」
千鶴は泣きそうな顔になって魔法使いを見上げ、
ブンブンと首を縦に振った。
魔法使いは千鶴に尋ねた。
「いつから好きなの?」
「王子様を見ていた所からです。
目が、目が、とても澄んでいて優しくて……っ。
海に飛び込む時の迷いの無い決意の瞳も……」
「……え? さっきの劇の?
君、最初からずっと人魚姫ばっかり見てたよね?」
「目が離せなくて。
あんな女の人になりたいなぁと思いました。
あの、人魚姫はどんな人なんですか?
真面目でお優しい……とか?」
魔法使いは、少し驚いた顔で千鶴を見た。
「うん。その通りだよ。よく分かったね」
含みのある笑顔で千鶴にそう言った。
「目が、とても」
「ふぅん。そっか」
「はい!」

「総司。そろそろ……」
人魚姫が魔法使いに声をかけた。
王子と人間の姫がかなり先を歩いていた。
「あ、うん。今行く。ね、君、もしかして受験生?」
「はい!」
「入学したら、剣道部に人魚姫を迎えに来てね」
「へ?」
「ねっ?」
「え……」
「“約束”ねー」
「は……い……」
「じゃあねー」
魔法使いは、王子と姫と人魚を追って、
人混みに消えて行った。

「綺麗に撮れてるね。バッチリカメラ目線」
魔法使いと千鶴のやりとりを見ていたお千が
千鶴に声をかけた。
「……うん。ホントお綺麗……。
私、これ、受験のお守りにする……」
「化粧や衣装で、すっかり姫だね。
人間の姫も凄い美人になってたけど」
「あれで男の人なんてびっくりだよね」
「ホント、ホント。立つ瀬無いわー。
さて、次、行こっか?」
「うん!私、絶対この学校入る!」
「おおう、頼もしーい」
それからの千鶴の猛勉強ぶりは凄まじかった。
万が一にも落ちる訳にはいかない。
先生から、もうワンランク上の大学を
勧められるほど頑張った。
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