◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□傍に居たくて
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【2】



昼に到着した土方は、ろくに休まずそれまでの報告と、現況を斎藤に尋ねた。
平助や島田が同席の中、斎藤は、
会津藩主松平候の不退転の決意や士気、新選組の現況などを語った。

「そうか」
そう言って黙った土方に、斎藤も口を閉ざした。

「失礼します。お茶をお持ちしましたが、入っても宜しいでしょうか」
話が一段落するのを見計らったように、千鶴が障子の向こうから声をかけてきた。
「おう」
土方の短い返事に、障子が開いた。
各々がすぐにお茶に手を伸ばした辺り、一息つきたかったのだろう。
だが斎藤だけが、一度触れた湯飲みから手を引いた。
土方はそれを横目で見て、自分のお茶を一気に飲み干すと、千鶴に小さく笑った。
「お前は相変わらずだなぁ」
「え?」
「俺が猫舌だって誰から聞いてたんだ?」
「……沖田さん、です……」
「え? なんか違うの?」
平助が自分の湯飲みを見た。
「触ってみろ。斎藤のが一番熱いはずだ」
「ほんとだ。なんで? 俺のは調度良いよ?」
土方は喉で、クッと笑った。
「それだけ斎藤が今まで慌ただしかったってこった」
「……意味わかんねぇ……」
「茶が冷めるまでは休め、ってこった。
昔はたまに俺のところにも熱いのが来たからな。
茶と一緒に頭も冷えるんだよ。
どうだ、斎藤。
アタマ張るのは気が張るだろ」
「……は」
「そういうもん?」
平助が首を傾げる。
「てめぇの一言で生き死にが決まる奴等が居ると、な。
重てぇんだよ」
土方は苦笑になった。
「……斎藤組長は、良い指揮官でした」
島田が口を挟んだ。
「そうだな。聞いていた以上に厳しかったみたいだしな、会津は。
斎藤、よくやってくれた」
斎藤は僅かに目を泳がせて、小さく頭を下げた。
「お前も無事で何よりだ」
土方の視線が千鶴に向いた。
「斎藤さんのお陰です。大変な中で、私まで面倒見て下さって」
千鶴の本心なのだが。
斎藤の眉根が微かに寄った。



「さってと。土方さん、俺ちょっと寝るわ。
昼は眠くてさ」
「俺も、皆に土方さんの無事を伝えてきます。皆喜びます」
平助と島田が立った。
斎藤も土方に一礼し、
「……土方“局長”の到着を報告してきます。
土方さんはゆっくりなさっていて下さい。
千鶴。土方さんの世話を頼む」
そう言うと行ってしまった。



千鶴も空いた湯飲みをとりまとめて退出しようとした時。
「千鶴」
「はい」
「……斎藤の様子は、どうだ?」

千鶴の肩が、ビクリと揺れた。
「……良くねぇのか?」
土方が問うているのは、羅刹の事だと感じた。
千鶴はその場に力無く座りこんだ。
「……斎藤さんが変わったという感じはしていません。
お飲みになる量も僅かです。
ただ、無茶をなさる分、回数を増やしました。
戦っている最中に白髪化しても困りますので、衝動が強くなる前に口にするようお願いしています」
「……無茶、か」
「はい。昼夜問わず動いておられます。
お一人で動く時もあります。
……服に……」
千鶴は涙が出そうになり、一度言葉を切った。
「銃の弾が当たって穴が開いたお洋服を……他の方々に気づかれぬように繕うのも……頻繁…です」
「……そんなこったろうな。
あいつがこの状況で、無茶しねぇはずは無ぇからな。
……飲むのは、どれ位だ?」


“飲む”
これがお酒やお茶の話だったらどんなに良いだろう、と千鶴は思う。


「……今は、数日に一度です。もう少し日のべ出来るようなのですが、状況が状況なので、予防も含めてその程度で……」
「量は?」
「流れ出た一筋、くらいです。
私の傷はすぐ塞がってしまうので」
「……それだけで足りてるってのか?」
土方の驚いた様子を見た千鶴は、それに驚いてつい尋ねてしまった。
「……普通はもっと多いものですか?」


平助の状態はどうなのだろう、と思う。
だが聞いて良いものか。


土方は、言いにくそうに目を伏せ気味にして言った。
「飲む、と言うだろ。
そんな舐める程度じゃねぇな。
その量で足りるなら、京に居た頃の羅刹たちも暴れださなかっただろうよ」


千鶴は密かにその量に驚いた。
だとすると、斎藤が口にしているのは微量と言える。
斎藤はいつも、大丈夫だ、と言うが、本当なのだろうか。


「……あの、土方さん……。
……へいすけくん、は……」
土方は苦い顔で口の片方を上げた。
「7日から10日に一度って程度だな。
ま、山南さんの二の舞にはさせねぇから安心しとけ」
「……はい」
「……ん? 千鶴、斎藤はお前のを飲んでんのか?」
「はい。そうですが……?」

土方は腕を組んで考え込んだ。
ここなら、千鶴からでなくとも簡単に手に入るだろうに、と思ったのだ。
しかも極端に少ない量で済むのなら、益々千鶴でなくても良い気がする。

「……何か違うのか……?」
「何がですか?」
「いや。何でもない」
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