◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□ひめごと
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【ひめごと 2】



「そう言われても、見たことがないので同意しかねる」
「……それはそうですよね……」
「見せてくれるのではないのか?」
「………………えっ?!」
「見せれば、ある、と証明するのは簡単だ。
幸いここには人目も無い」


思いもしなかった斎藤の言葉に、千鶴は目を見開いて斎藤を見た。
月明かりは木に遮られ、斎藤の表情はほとんどわからない。
瞳がきらりと揺らめくのがわかるだけだった。
感情のこもらぬ声からは、冗談か本気かもわからないが、斎藤は冗談を言うような人物ではない。


どちらにしても、はいどうぞと見せられるものでも無い。
千鶴は斎藤から離れようとした。
だが腰を取られ、立ち上がれなくなった。


逃げようとする千鶴を簡単に押し留める為に腰骨を抑えようとした斎藤だったが。
腰骨から少し目測を誤ったため、手を僅かに動かした。
「んっ!」
瞬間、千鶴が小さな甘い声を漏らしたため、斎藤は反射的に手に力が入ってしまった。

その時、千鶴から甘い香りが吹きつけてきた。
羅刹の発作の吸血の時に、時折千鶴から立ち上るあの甘い香りだった。



吸血衝動は抑えられるが、この甘い香りには、斎藤は抗えない。
斎藤は意識しないまま千鶴の身体を引き寄せた。
香りの立ち上る首筋に顔を埋め、袖口から漏れる香りに手を忍ばせた。



斎藤の骨張った手が袖口から着物の中に入り込み、腕を辿り、
指が肌をくすぐりながら上がってきた。
着物の袖を捲り上げながら触れてくる斎藤の手が肩に届いた時、千鶴の体がギクリと震えた。
斎藤の手が、着物の中で背中へと伝っていく。
斎藤の唇が首筋を軽く喰んだ。
心臓がバクバクと音をたて始めた。
息を詰めると、何かがぞくりと背骨を走った。
千鶴の体が勝手にピクリと震え、その震えが指先まで走った。

千鶴は慌てて斎藤を押し返そうと腕を斎藤の肩にかけたが、
力が入らない。
入らない、とも少し違った。
力を入れねばならないのに、斎藤から離れたくないと思う自分が力を入れさせない、という感じだった。




こ、このままじゃ駄目……っ。



その時急に呼吸が楽になった。



晒が緩んじゃった!



背中で斎藤の指が蠢く。
着物の中でしゅるりと小さな音がした。
晒が解かれていく。
「やっ、斎藤さんっ」
千鶴はなんとか力を腕に集めて、斎藤をわずかに押し返した。
だが千鶴の斎藤を押し返す腕の力を全く感じないように、斎藤の体は離れない。
斎藤の左手の指が晒を剥いでいき、
右手の指が晒の下方の素肌と肩口の素肌とを往き来して撫でる。
素肌を這う斎藤の掌に、千鶴の体は一気に熱を帯びた。



斎藤は、千鶴から強く放たれ始めた甘い香りに酔った。
香りがどんどん甘くなり、強くなっていく。
もっと、という欲求に従い晒を引いていけば、香りは更に強くなった。
千鶴に巻かれた晒を解き、手を差し入れた袖口から放り出す。
再び手を這わせて背に触れれば、人肌の温かさを手のひらに感じ、斎藤は思わず歓喜の息をついた。
その吐息が千鶴の首をくすぐる。
するとまた甘い香りが強くなった。


背中を這う斎藤の掌が脇腹を撫でた。
くすぐったさと、もう1つ別の感覚が肌に走った。
「んっ! さ、斎藤さん!
止めて、掌を止めて下さいっ」
斎藤の動きは止まらない。
千鶴の声が聞こえていないかのようだった。
「斎藤さん!」
今度は少し声を大きくして名を呼んだ。
脇腹を撫でる手が上へと動きかけた。
「斎藤さん!」
名を呼ぶが反応しない、いつもと違う斎藤に、千鶴はギクリとした。



まさか、羅刹の発作が出始めているの?!
血に狂い始めた?!



火照り始めた頭と体が一気に冷えていく。
「斎藤さん?!」
名を呼ぶ千鶴の声が鋭くなった。



甘い香りが、急にぴたりと消えた。
斎藤はムッとして首から顔を離した。
もっとあの甘い香りが欲しいのに。
理由と解決法を求めて斎藤は顔を上げた。
「斎藤さん、ですか?!」
千鶴が、心配そうな瞳で斎藤を覗きこんでいた。



ザー……ッ……

斎藤の耳の中で、血の気が引いていく音がした。



斎藤は咄嗟に顔を隠そうと動いた。
結果、背中に回していた腕に力が入り、千鶴を強く抱き締める形になった。
俯いていたため、顔は千鶴の胸の辺りに押し付けられていた。
思いもよらない柔らかな当り具合に何事かと思ったが、耳の中で鳴り続ける血の気が引く音を聞いているうちに、千鶴の胸だと気づいた。

自分がしている事に気づくと、逆に、どうしたら良いかわからなくなり動けない。



何故俺はこんな事を……。
いや、それよりどうしたら良いのか。



斎藤は必死に考え始めた。
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