◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□勝手にしやがれ
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【勝手にしやがれ 2】





それから数日後。

山南の裏切により、新選組は金子邸を散り散りに離れた。
土方に新選組を託された斎藤は、隊士を率いて会津を目指す事となった。

島田の目から見て、斎藤は良い統率者だった。
斥候を上手く使う。
下の者への目配りもするし、話も聴く。
だが決断した事への反論には理由を告げてキッパリと却下する。
指示に迷いと矛盾が無い。
新選組を斎藤に託した土方の目は確かだったと舌を巻いた。



会津にほど近くなった辺り。



島田は一度だけ、斎藤に対して真剣に呆れた。

千鶴の帯に結ばれた縄が、斎藤の右腕、ヒジの辺りに結ばれていた。
「……雪村君…その縄は……」
千鶴がやや照れ笑いで答えた。
「お仕置きです」
「……何の、ですか?」
「斎藤さんの傍から10尺以上離れる時は、必ず一声かけるって約束したんです」
まぁ、それは…仕方ないと言うか、譲歩の範囲だろうと島田も思った。
「破っちゃって…。迷子になりやすい子供対策みたいですよね、この縄」
その時、縄が突っ張った。
「あ」
「ああすまぬ。動くぞ。島田、急ぎの話か?」
「いいえ!」
島田は慌てて答えた。
千鶴は眉尻を盛大に下げて島田に一礼すると、斎藤へと駆けて行った。



唖然として見送った。
千鶴を縄で括った姿がどんな風に見られるかも視野に入らぬのだろう、あの斎藤が。


……あの斎藤が……。


二人がそれで良いなら、何も言うまい。
島田は目を閉じた。

「可愛いですよね」
背後から声を掛けられた。
島田が振り向くと、長く斎藤の組下に居る“園田一 大司(そのた いち たいし)”が居た。
「……可愛い? 雪村君ですか?」
「斎藤組長ですよ。
涼しい顔して、ああまで露骨に傍から離すまいとするんですから。
そう思えば笑って見ていられますよ」
揶揄しているのかと思ったが、男の顔は温かく、斎藤への敬意に溢れている。
「もしかして、前々からですか?」
「ずいぶんと前からですよ。
巡察の頃も、少しでも離れたらすっ飛んで行っていました」
園田一は、ニコニコと笑っている。
「巡察って……京の、ですよね?」
だとしたら、筋金入りか……。

「はい。あれが普通だと互いに思っている辺りがまた可愛い二人ですよね。
破れ鍋に綴じ蓋。
雪村君の前だと斎藤組長も優しい顔になるので、巡察の時は有り難かったですよ。
ただ、雪村君が同行するようになって、柔和な顔を見せるようになってからは、
たまに組長宛の恋文を渡すよう頼まれるようになったのが困りましたね。
命が惜しいので断りましたが」
笑いながら、懐かしそうに園田一は言った。
「命が惜しい?
雪村君が怒るのですか?」
「まさか。
もっとも、それならもう少し違う関係になっていたでしょうね。
隊務中に何をやっている、と叱られるんですよ。
新人が、知らぬ間に袖に投げ込まれた恋文を組長に渡した事があったのですが、
素人の娘に近づかれて気づかぬとは命に関わる修練不足、と言って鍛え直されてました。
雪村君は、他の方々にもあんなに寛大なのですか?」

“寛大”

斎藤の謂れの無い束縛を受け入れる辺り、言い得て妙、かも知れない。

「賢く、度量の広い子だとは思いますが…」
「道理で斎藤組長が自信を持てないハズだ」
園田ーはケタケタと笑った。
「自信が無い…? 斎藤組長が?」
「あれ?違いましたかね?
あの縄。
見えない縁では満足出来ず、とうとう荒縄登場だ、
神仏も斬り捨て力ずくでも縁を保つつもりなのだ、と、
私達さきほど、話していたのですが」

運命の荒縄。

少し、千鶴が気の毒になってきた島田だった。

「それでもいささか見映えが悪いですね。動きにくいでしょうし。
そろそろ諌めに行きますか」
「………………えっ?!
斎藤組長をですか?!」
「あれ? 島田さんも呆れて見ていませんでしたか?」
「いや、ええっと…………」
確かに呆れて見ては、いた。
「もう少し、ご自分の事にも頓着して頂けると安心なのですがね。
目端は効く癖にご自身の事にはサッパリだから。
行きましょう」
「えっ、俺もですか?」
「あの顔を見れば、島田さんも斎藤組長が可愛いくなりますよ」

……それはちょっと御免こうむりたい。
だが好奇心に負けてついて行った。




「斎藤組長。良い方法を思いつきましたね。
契りを結んだ、俺のものだと宣言するより荒縄を結ぶ方が分かりやすいですよね」
「ちぎ……っ、違う!」
斎藤は一瞬の間の後、千鶴に視線を走らせ赤くなった。
可愛い、とまでは思えないが、可愛いげのある一面ではあった。
「あれ?そうですか?てっきり我々は……」
「……………………わかった」
斎藤は縄をほどいた。






「お見事な手際でした。勉強になりました」
「頭がよく回る上に、ご本人意外と助平の自覚あるようなので、雪村君絡みの時はそっち方面から攻めると簡単なんですよ。
可愛いでしょう?」

……可愛い、だろうか……。

あの斎藤を、可愛い、と評する人間が居ると、島田は考えた事が無かった。



島田の結論。

三番組は、斎藤を深く敬愛している。
そして扱い方も熟知している。
今後呆れた時には相談しよう。



精悍な顔で陣中に居る斎藤を見て、島田はそう思った。




後々。
島田は、土方に、三番組の顔ぶれをどう選んだかを聞いてみた。
「斎藤より歳上で、呑気で気の良い奴ら」
という答だった。
さもありなん。
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