◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□恍惚
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【恍惚 2】




「あの、さいとう、さん。
……もう一度傷を……?」
乱れそうな息を抑えて、千鶴は斎藤に血が足りないかを尋ねた。
以前にもこうして真似事で斎藤が耐えたのを知っている。
今回は、無理をし続けてきた体の為にも、我慢して欲しくなかった。



斎藤の中でこみあげる劣情は目蓋の裏で花火を上げる。
何故こんな布で薫りを止める?
取り去れ。
そして全身からの薫りを放たせ、柔らかな肢体を味わいたい。
斎藤の手が、欲に従いかけた。
指がピクリと動き始めた。



「斎藤さん?」



声が耳に入っていないように見えて、千鶴は再度声をかけた。



「っ!」
斎藤の鼓膜を千鶴の声がやっと震わせた。
その瞬間に斎藤は我に返った。



千鶴を突き放すように、
斎藤が離れた。



立ち上がった斎藤は、どうしたら良いかわからなかった。
思わず立ち尽くす。
「……斎藤さん?」
千鶴の声に、ますますどうしたら良いかわからなくなる。
「……すまない」
斎藤は頭を冷やしたくて、怪訝な様子の千鶴を残して井戸へと向かった。
血を飲んだせいか。
血のような夕日の時間のせいか。
手足は軽かったが、心は重い。
欲に勝てないと思う日は、意外と近いのかもしれないと思う。
血への欲求は苦しさが伴う分耐えられる。
しかし溢れ出す劣情はどこまでも甘く禁忌を伴わない。
心一つで押さえ込まねばならない。
自分を助けようと、無防備に文字通りの“開襟”をする千鶴を前にしながら。



斎藤はまだ、ひたすらに守る事に固執し、守られる事を拒絶していた。
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