◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□土方受難
1ページ/1ページ

【土方受難】



斎藤が沖田と共に暇を持て余すと、あまり良い事にならない。
この二人は離しておいた方が良い。
土方がそう認識したのはこの冬だった。



近藤暗殺計画の報を持って斎藤は新選組に戻った。
実行予定の日までの数日、斎藤にはやる事が全く無い。
御陵衛士を抜けた斎藤の動きは隊内では日より見に見えるので隊務は無し。
斎藤が間者だったとバレても困るので外には出れない。

結局土方が言った通り、隊内で暇を持て余す沖田と遊ぶ事になった。



「はじめ君。ちょっと手合わせしようよ」
「体に障る。少しだけだぞ」
「……なんで左手だけなのさ。ばかにしてるの?」
「こんな稽古、あんた相手じゃなきゃ出来ん。
あんたも右手だけでやれ」
「なんでさ?」
「片手が塞がっている時の稽古がしたい」
「……ふぅん? その片手は千鶴ちゃんと繋いでる想定?」
沖田のこの一言に、斎藤は問答無用で木刀を振り上げた。
「面白いから良いけどねっ!」
斎藤の一振りを沖田が受け流す。
木刀同士がぶつかり合う良い音が響き始めた。
「何やってやがる! 大人しくしてろッ!」
土方の怒声に、沖田は逃げ、斎藤は恐縮する。


はしゃいだ挙げ句に、夜には沖田が発熱。
しかし気が晴れたためか、翌日には下がりケロッとしている。


発熱の翌日は、大人しく、沖田と斎藤が額を寄せて何かを読みふけっていた。
土方は一瞬安心しかけたが、沖田の声にキレた。
「僕、土方さんの頭をカチ割って、中を見てみたい」
「………………俺はこういうのはよくわからん……」
「正直に言えば? 駄作だと思う、って。
そんな苦り切った顔で誤魔化してもわかるよ?」
「………………。」
「総司! 俺の発句帳返しやがれ!」

沖田は悠々と去り、今度は斎藤も、発句帳を返した後は逃げた。



将棋を始めた筈が、いつの間にか二人で木刀を振り回している。
お茶を飲んでいた筈が、柔術の稽古のように取っ組み合いになっている。
暫くすると千鶴の声で「キャー! 斎藤さんまで何してるんですかっ!」と悲鳴がする。
困った千鶴がお手玉を作って与えると中の小豆を投げ合っているし、
折紙を与えると部屋中が紙吹雪。


どうやら沖田と斎藤の組み合わせは悪戯を加速増大させるようだった。
沖田がやらかし、斎藤がたしなめるのは相変わらずなのだが、なにげに気が合うらしい。
結局斎藤も沖田と同レベルで遊ぶ始末。


かつてのウッカリ3人組よりこっちの悪ガキ二人組の方が、
土方の目の届く所で細々(こまごま)とやらかす分、タチが悪かった。
やること為すこと全くの子供。

今は千鶴を巻き込んでかくれんぼを始めたとかで、沖田が、土方の部屋で勝手に布団をひいて寝転んでいる。
「僕が土方さんの部屋に居るなんて誰も思わないでしょ」
と、いけしゃあしゃあと言う。
するとまた「キャー!斎藤さん!」という千鶴の悲鳴。
後で聞いた所によると、千鶴が縁の下を覗き込んだ拍子に落ちそうになり、天井裏に隠れた斎藤が助けようと飛び降りた為に千鶴が驚いたとか。



「頼む。……頼むから、大人しくしてやがれお前らぁァ!」
千鶴も一纏めにして叱られた。



「朝寝朝酒朝湯って、怠惰の証しだよね」
と言って昼間っから風呂に入ろうとする沖田。
これには、夜に入るよりはと千鶴も賛成したところ、何がどうなったのか3人でずぶ濡れ。
火鉢の前で騒ぎながら互いに髪を拭きあっているのを、土方は見ていない事にした。



洗濯物の乾き具合を見にきた千鶴の周りで、沖田と斎藤がじゃれている。
「最近のあの3人はなんだか楽しそうだなぁ、トシ。
見ているだけで癒される気がするよ。
総司には子供の頃にあんな顔をさせてやりたかったなぁ」
近藤にそう言われて、土方は怒鳴るのを止めた。



しかしちょっと胃の腑辺りが痛い気がする……。



千鶴が絡むと被害が大きくなるのかと思い、土方は千鶴に仕事を頼んで
近藤と共に外回りに出た。
帰れば、文机で土方が頼んだ草案を練っている千鶴の顔には墨で猫のヒゲが描かれているし、
沖田と斎藤の顔も似たり寄ったりの墨だらけ。


手習いの最中に遊びだしたガキか、お前らは。
土方、心の呟き。


そんな顔のまま、千鶴の後ろで沖田が寝そべり斎藤が正座して、二人は紙を覗きこみ何かを書いていたのだった。
丸や×が並んでいたり、似顔絵らしきものや馬だか犬だかわからないもの、猫らしき絵もある。
千鶴の顔の猫のヒゲは、この時描かれたのだろう。
千鶴が使っている紙は安物だが、二人が遊んでいる紙は上等な奉書紙。
なぜその紙を選んで使う……。


そして何故土方の部屋でやるのか。
叱られたいとしか思えない。
静かで有能で頼りになる斎藤の、面影も無い。
辛うじて怒鳴らないで済んだのは、土方の部屋で土方の布団とは言え、
沖田がゴロゴロと寝転んでいるから。
とりあえず寝てはいる。
休めているかはわからないが。

「お帰りなさいませ、土方さん」
土方に気づいた千鶴が、にこりと笑って声をかける。
やっと土方に気づいた斎藤が驚いて謝罪。
「……っ、副長!
すみません、部屋に勝手に入り込み……っ」
「……良い。もう好きにしろ」
……気を抜きすぎだろう、斎藤……。
御陵衛士で頑張ってきた斎藤相手に強く言えない土方は、諦めの境地。
千鶴は苦笑いになった。
「お疲れ様でした。今お茶を淹れますね」
「……その前に顔洗え……」
「キャー!」
3人は連れだって、沖田はやや悠々とではあったが、ドタドタと部屋を出ていった。
どう見ても悪戯を見つかったガキどもの風情。
クソ小生意気なガキ大将役は間違いなく沖田だろう。


残されたのは墨の飛んだ寝乱れた布団と、意味不明な落書きをされた山盛りの紙が床中に広がった部屋。

子供の居る家庭とは、こんな感じなのだろうか。

だとしたら自分には向かない。
土方、再度心の呟き。



夕餉の席で見た沖田、斎藤、千鶴の3人の顔には、うっすら墨の跡があった。
洗っても落ちなかったらしい。
頭が痛い。



千鶴が総司に遊ばれるのはもういい。
だが、なぜだ。
なぜ、あの斎藤までも手がかかるようになったんだ……。



痛い。
本格的に痛い。
頭が痛い……。胃の腑辺りが痛い。
斎藤に……斎藤に何か仕事をやらなければ……!



けれど。
無いものは無い。



土方は、もう数日、頭と胃が痛い日々を送る事となった。



「…………疲れたなァ…………」




がんばれ土方君。
油小路の変まであとちょっと!



◆◆『雪月華』【3】目次へ→◇◇


――――――――――――――――

伊東暗殺で役目がなく文句を言った沖田さんに、土方さんが言った
「斎藤に遊んでもらえ」の台詞から。
沖田さんに「遊べ」なんて…。
土方さんチャレンジャー!と思った…。

気が抜けた感じの楽しげな3人や、無邪気モードな斎藤さんを見たかったんで、書いてみましたデス。
おそらく斎藤さんは、真面目に沖田さんに対しているうちに巻き込まれているかと。
斎藤さんは、沖田さんからのバトル系挑発には間違いなく乗せられるハズ(笑)
基本的に負けるの嫌いでしょ、と思う。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ