◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□冬のぬくもり
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【冬の温もり】



新選組の間者として御陵衛士に潜り込んでいた斎藤は、局長暗殺の報を新選組へともたらした。

これを機に、御陵衛士を壊滅させ斎藤は新選組に戻る予定である。

そして最終報告に土方のもとを訪れた時、千鶴が寝込んだと聞かされた。



斎藤の無表情がいやに分かりやすく崩れた。
土方の言葉に顔をあげ、詳しい様子をねだるように土方の目を覗き込む。
膝の上の手が強く握りしめられ、身を乗り出さんばかりだ。


「風邪みたいなんでな。様子を見てる。ちょっと待ってろ」
席を外した土方が戻った時持っていたのは、水桶と手拭いだった。
「ほらよ」
「副長、これは…」
「様子が気になるってそんだけはっきり顔に書いておいて、ごまかすなよ?
千鶴の部屋はそっちの襖2枚向こうだ」
土方は斎藤に背を向けて机に向かった。
斎藤は土方の背中に一礼し、水桶を持って襖の向こうに消えた。



「千鶴、入るぞ」
声をかけたが返事は無い。
寝ていると見て斎藤は静かに襖を開けた。

以前の屯所よりやや広くなった部屋に千鶴が寝ていた。
足元に、布団から離れして置いてある火鉢が、僅かな暖を寄越した。

千鶴の部屋に入り、襖を静かに閉める。
布団の中に小太刀があるのを見て斎藤は驚いた。
そっと小太刀を布団から引き出す。
何が怖いのか気になった。
傍に居られれば怖れているものを斬り捨てられるのに。
斎藤は手拭いを水に浸し、絞った。
そっと額に乗せると、千鶴の目が薄く開いた。
「……斎藤……さん……?」
震える声で名を呼ばれ、体が熱くなった。

千鶴の方からカチカチと微かな音がする。
高熱で寒気を感じ、震えて歯の根が合わないようだ。
斎藤は隣室に人の気配が無い事を確認して覗く。
布団でも無いかと思ったのだが、無人の部屋のようで何も無い。
襖を閉めて火鉢を引き寄せ布団の横に座り直した。

その斎藤に、千鶴は起き上がろうとした。
「起き上がるな。
熱が上がったらどうする」
つい口調がきつくなってしまった。
「あの…本当に、斎藤さんですか?」
「……他の誰に見えるというのだ」
誰か別に会いたい者が居たのだろうかと思いながら、額に置いた手拭いを取る。
既に温かくなっていた。
かなりの高熱なのだろう。
「たちの悪い風邪にかかったか。
……ひどい熱だな」

自分は大丈夫だ。すぐ治ると言い出した千鶴を、つい叱ってしまった。
小さくなって布団に隠れる千鶴に、自己嫌悪が来た。
それなのに千鶴は、心配をかけてすみません、と謝ってくる。
「その台詞は、俺よりも、副長や他の皆に言ってあげてくれ」
千鶴は熱のせいで潤んだように見える瞳で、斎藤を見上げている。

「……斎藤さん。
やっぱりこれ、夢なんですね」
「何故、そう思う?」
「だって、新選組を抜けてしまった斎藤さんが、昔みたいに土方さんのことを第一に考えるなんて…。
どう考えても夢としか思えませんから」
カチカチとまだ小さく歯を鳴らしながら千鶴が言った。

何を言ってやるべきか。
思いあぐねて斎藤は黙りこんでしまった。

「でも、すごく幸せな夢です。
こんな風に屯所で斎藤さんにまた会えるなんて」
「……何故それが幸せなのだ?
……お前の言っている事はよくわからん」
「幸せに決まってるじゃないですか。
だって私、ずっと斎藤さんに会いたかったんですから」

ぐらぐらと揺れる視界と頭のせいで、普段なら恥ずかしくて言えない事も、ポロポロと口から溢れて漏れていく。

会えて幸せ。

熱に震える体で嬉しそうにそう言われ、斎藤は黙りこんだ。



誤解を、したくなる。
千鶴も想ってくれていた、と。
恋い慕う気持ちから会いたかったと言われていると。
そんな愚かな誤解をしたくなる。



「寒いか?」
「……少し」
辛そうな様子ながら、千鶴は笑った。

余分な布団は容易に手に入らないと見た斎藤はしばし考えて、襟巻を外す。
千鶴は斎藤の意図がわからずぼんやりと動きを見守った。
夢だから、不思議な事が起きるのはよくある事だよね、と思う。

斎藤はするすると長着まで脱ぎ捨てると、千鶴の布団に入り込んだ。
一瞬の冷気が肌を刺したあと、千鶴は斎藤の胸に納められた。
「熱が上がり切れば寒気はおさまる。しばし我慢しろ」
「……はい」
斎藤の、布越しに感じる体温が温かい。なのにひんやりとして気持ち良かった。
こんなに寒いのに人肌が冷たいなんて、自分の熱はかなり高いんだな、と千鶴は感じた。

震えが止まらない千鶴の体は、かなり力が入って強ばっていた。
斎藤は千鶴の頭の下の枕を取り上げ、腕を通し、腕枕にした。
その腕を背中に回し、千鶴の代わりに震えを抑え込むように引き寄せる。

千鶴は、斎藤の体温と背中からの力に、震えて歯が鳴るのを押さえようと知らずに込めていた力が少し抜けた。
「あったかい…」
寒気は変わらないけれど温かい。
安心感に心が緩んでいく。

近付きすぎて息がしづらい。
千鶴の頭は空気を求めて自然と斎藤の首の方へ向いた。
熱で熱い吐息が斎藤の首筋をくすぐる。
一瞬この熱を全て吸い上げてしまいたい欲求に狩られた。


体と体に出来る隙間が寒く、千鶴は斎藤の体に更に己の身を沿わせる。
「…………っ!」
斎藤が千鶴の動きに一瞬息を飲んだ。
だが千鶴の朦朧とした様子に、呼吸を整えて布団を千鶴の肩にかけ直した。


「今夜は無理をせず、ゆっくり寝ておけ。
明日も熱が下がらなかったら、副長に頼んで医者を呼んでもらうといい」
「……はい。
でも寝てしまったらこの夢が覚めてしまいますから…
ちょっと寂しいです」
斎藤が僅かに身動いだ。
「手を貸せ」
「……?」
「おまえが寝付くまで手を握っていてやる。
少しくらいは不安が紛れるだろう。
要らぬというならやめておくが」
「……凄く嬉しいです……」
布団の中で指を絡ませる。
「ふふ…。ひんやり」
斎藤の冷たい手のひらへと、熱が逃げていく気がする。
「もう寝ろ」
「はい。……ふふ…」
「何を笑う?」
「………………幸せ」
未だ歯を鳴らしながら、千鶴が呟いた。
眠りに落ちたのか、朦朧としているのかわからぬ千鶴の様子に、斎藤は黙った。



幸せ?
このわき上がってくる感じが幸せ、なのか……?
心臓が押し潰されているようだ。
苦しいものなのだな……。



千鶴が腕の中に居る安心感。
絡めた指から、肌をくすぐる吐息と髪から、伝わってくる体温から、千鶴の存在に充たされていく。



千鶴を感じながら、うつらうつらしていたらしい。
知らぬ間に閉じてしまっていた目を開くと、闇が浅くなっていた。
夜明けが近いようだ。
千鶴の歯の鳴る音も止まり、呼吸も前よりは落ち着いていた。

斎藤は絡めた指を解き、布団を抜け出した。
起こさぬように土方の次の間で長着を着込む。
帰ろうとした時、土方の小さな声が聞こえた。
「気をつけて帰れよ、間男」
「……まおとっ……ちが……!」
斎藤は思わず出した声を手でふさいだ。
襖が細く開いた。
土方は、布団を被って寝転んだまま、まだ眠そうな顔で斎藤を見上げてきた。
声だけは張りがある。
「あと少しだ。気抜くなよ」
土方の部屋に持ち込んで置きっぱなしにしていた草履が、襖の隙間から差し出された。
「御意」
斎藤は静かに屯所から消えた。





翌朝。

水桶を見つけた千鶴は。
夢だと思っていた事が現実かも知れない、と青ざめた。
現実だとしたら、とんでもない事をしでかしている。
土方の前に走り込んだ千鶴は数度口をパクパクさせたものの、
事実を聞けずに敗走した。
その千鶴に、土方は笑いを堪えるために怒ったような顔になってしまった。



夢。
あれは、夢。
夢です。
夢だという事にしよう。
そうしよう。

たとえ、指の感覚がいつもと違う感じがしても!
残り香がしても!

あれは夢!
夢です。
夢なんですー!



千鶴、自己暗示に絶賛挑戦中。

人はそれを普通、無駄な努力、と、言うけれど。


―――――――――――――――
随想録に、イチャイチャ?を少し足し算。

「らしさ」より雰囲気優先してしまったので行動が微妙。
一応言い訳すると、うちの斎藤さんは心配性で、その心配が一線越えるとブチッと行動がおかしくなるタイプという初期からの予定。

40℃越えると完全空調の病院で布団4枚かけて電気毛布使っても寒い。
ガッチンガッチン歯が鳴る。カチカチじゃない。ガッチンガッチン。
歯を食い縛ってもカチカチ鳴る。

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