◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□晩夏の夜の夢
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【晩夏の夜の夢 1】



祭りの日。
斎藤は平助と街を歩いた。
その後祭りの雑踏の中で平助と別れて一人歩いていると、背中に視線を感じた。
歩いてもその視線は背中についてくる。
どうやら尾行されているらしいのだが。



……下手過ぎる。



あまりにもあからさまな尾行に、斎藤は思わずため息が出る。
尾行を命じた者はやり方を教えなかったのだろうか。
いっそ尾行のやり方を教えたい位の下手さ。
視線というのは意外と、圧力として感じるものだ。
普通は視線をずらして追ったり、足元を見て追う。
それ位教えてから尾行させて欲しいものだと思う。



今回の視線は、ずっと斎藤の背中を追いかけてきていた。
下手過ぎて、逆に戸惑う。



……何者だ?



敵意では無さそうなので放っておいても害は無いだろうが、どんな者かははっきりさせておかねばなるまい。
そう思った斎藤は、歩く速度を変えず、脇道に入って行った。



脇道に入っても視線はついてきた。
こんな人気(ひとけ)の無い場所まで平気でついてくる命知らずの尾行者に、同情すら湧いてくる。

斎藤は仕方なく、尾行者に声を掛けた。
「何か、用件でもあるのか」


出てこない。
が、動かない。
逃げもせぬとは…愚かだ。
と、思った。


「面倒なやりとりは好かぬ。
…………さっさと出て来い」


やっと物陰で人が動いた。



出てきた姿を、斎藤はもう一度見直した。
見間違える筈もない顔。
ずっと見たかった顔なのだ。
そして思いもしなかった尾行者。
雪村千鶴。
「おまえは……」
思わず呟く。

「……ここで一体何をしている?
何故俺を尾行していたのだ?」

千鶴は、姿を見かけたからついてきた、と言った。
頭を下げた姿に、やっと、千鶴がいつもと違う姿をしている事に気づいた。
娘姿に髪を結った、可愛らしいいでたち。

こんな可愛らしい姿でこんな人気の無い場所に来る呆れた無謀さは、間違いなく千鶴だ。


心臓が跳ね上がり、耳にうるさい。
首筋で脈を打つのがわかる。


いつも可愛いがなんだこの可愛さは淡藤色の花柄の単がよく似合ってい
てこの千鶴の前では花も恥じて萎れるに違いない新選組の連中は千鶴に
こんな可愛い姿をさせて一人で歩かせているのか一体何を考えているの
だ許しがたい誰か止めなかったのかいや千鶴に可愛い格好をするなと言
いたい訳では断じて無い実際よく似合っているからな女の姿を禁じてい
る訳でなく誰か護衛につくべきだろう何故こんな可愛い姿にして目を離
すのだ不逞の輩に絡まれたり連れ去られたりしたらどうするのだ鬼に拐
われかけたのはついこの間の事だろう何をやっているのだ土方はァァァ
ァァ!
(斎藤さんご乱心)



かくなる上は、安全な場所まで連れていくべきなのだろうな。
俺が。
…………御陵衛士の俺が?



御陵衛士と新選組の者は互いに交流を禁止されているが今ここでこんな
可愛い千鶴を一人にする訳にはいかぬかと言って誰かに頼んで万が一が
あっては困るだが男に頼んだらこんな可愛い千鶴は連れ去られるに違い
ない間違いがあってはならぬ
(もういい黙れ斎藤。読み辛ぇよ)




千鶴は幸い普段は男の姿をしている。
斎藤は、見知らぬ者と居る建前を取ることにした。

「……お前が何を言っているのか、わからんな」
「……もしや道に迷い、連れの者とはぐれたのか?
ならば、わかる場所まで案内してやらぬでもないが」

「は、はい。お願いできますか」
「わかった。では、共に来い」



降って湧いた僥倖(ぎょうこう)に、斎藤は千鶴と連れ立って歩き出した。
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