◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□風雲
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【風雲 1】



年が明けてからは、参謀伊東は不在がちになっていた。
それに比例するように、斎藤が伊東派と居る姿を目にするようになり、千鶴は秘かに首を捻る。
かつての斎藤は、伊東に対しては否定的だったはずだが、と。

斎藤があからさまに伊東派と居るようになってから、巡察に同行させて貰った事があった。
その時には、三番組の隊士と斎藤の間に、かつて感じなかった違和感が生まれはじめていた。
千鶴は、あまり良くない傾向なのではと感じていたが、口出し出来る立場では無い。
何事も無いように祈るしか無かった。


だが、一見、斎藤が伊東派に鞍替えしたように見えるが、深夜には斎藤が密かに土方の部屋を訪れる気配がしている。
千鶴には斎藤が何をしようとしているのは解らなかった。
しかし斎藤と土方の関係が変わっていないのなら心配いらないと考えていた。




斎藤が伊東派と居る事に見慣れた頃。



伊東が“御陵衛士”の役職を掲げ、花の咲く中、斎藤は新選組を出て行くのだと知った。



驚いた千鶴は、桜の下、斎藤を捕まえて最後の話をした。

冷ややかな態度に混じって、千鶴の知っている斎藤が時折見え隠れする。
斎藤の話と、斎藤が見せる態度から感じる“ズレ”に強い違和感を感じた。

話をしながらも千鶴は、どれだけ話しても斎藤が結論を変えることは無いと思い知る。
それ自体は当然だと思えた。
土方ならいざ知らず、自分が話した程度で何かを変える人ではない。

ただ、斎藤の話と斎藤の様子の違和感から、本当にこれが斎藤の意思なのかと思う。
何かが違う。

けれど、桜を見上げて独白のように語る斎藤を見て。

千鶴は斎藤を見送った。





隊は改編され、斎藤の率いていた三番組の者たちも、其々新しい編成のもと別れていった。



**********



千鶴は、斎藤が去って数日は、衝撃でぼんやりしていた。
折々に、ああ居ないのだ、とだけ、感じた。


もう数日経つと、寂しさか哀しさか辛さかよくわからない気持ちに付き纏われた。


そして今は、自分が何をどう思っているのかわからない。
何かを見て、聞いて、話して…日常を過ごす。
一日過ごしても記憶は積まれず、白紙のまま。
出来る事だけを日々繰り返していた。



更に数日経った日。

その日は原田の組に世話になり、巡察に同行した。
屯所に戻り解散になった後で、
千鶴は珍しく隊士から話し掛けられた。

声の主は知った顔だった。
元三番組の組の者だった。

「え…っと、園田一 大司(そのたいち たいし・注:捏造キャラです)さん?」
千鶴は記憶を手繰ってその隊士の名を引き出した。

「!
私の名をご記憶頂いているとは思いませんでした」
「三番組の皆さんにはご迷惑かけた自覚がありますから」
千鶴は苦笑いを返した。
「迷惑……ですか?」
思い当たる事の無かった園田一は、真面目な顔で問うた。
「巡察中に、浪士に女の子が絡まれている所に首を突っ込んだり、
お店の前で斎藤さんと話し込んだり…。
すみませんでした」
千鶴は申し訳なさそうに、上目遣いに園田一を見た。

「ああ。あの程度は迷惑とは言いませんよ。
謝る事ではありません」
園田一は、人の良さそうな笑顔を浮かべた。
千鶴は“謝る事ではない”と言った園田一の言葉に、時々斎藤にも言われた事を思い出した。
僅かに影のある笑顔を園田一に返した。

「あの、どんなご用でしたでしょうか?」
「ああ……あの……大丈夫かな…と思いまして」
「……えっと……何が…でしょうか?」



園田一が千鶴に声をかけたのを、原田は見落としていない。
千鶴に近づき何をするつもりなのか。
距離を置いて、新しく自分の組に来たその隊士を警戒して見ている。



「……組長が居なくなったので。
雪村君は大丈夫かな、と思っただけなのです」
園田一は、照れたように首に手をやった。
千鶴は園田一をまっすぐ見た。
組長、とは、原田ではなく斎藤の事だ。
この人もまた斎藤に心を残しているのだと千鶴は思った。

「園田一さんも、斎藤さんが好きだったのですね」
“好き”という言葉に園田一は戸惑った。
好きか嫌いかと言えば好きだが、好き、という言葉には恋愛沙汰を連想してしまう。
「……尊敬出来る組長でした」
園田一は、さりげなく言い換えて肯定した。

園田一は、返ってきた千鶴の笑顔に思わず見入る。
「そうですね」
自分を褒められる時より嬉しそうな、誇らしげな、笑顔だった。

その笑顔に安心して、園田一は言葉を続けた。
「斎藤組長が伊東派だとは知りませんでした。
もっとも組長は余計な話は全くなさらないので、知らなくて当然と言えば当然なのですが」
「……私は……」
千鶴は目を伏せたが、まっすぐ園田一を見上げた。
「私、何派、とかはわかりません。
けれど、斎藤さんは斎藤さんで…。
斎藤さんだから、きっと…。
えっと……。
……………。
………………。
上手く言えませんけれど、ご無事で、お元気でいて欲しいです」


華のような笑顔、と言うが。
これの事か、と園田一は思った。


雪村を元気づけたいと思って話しかけたつもりだったが、
どうやら、斎藤への不信を抱きかけ、斎藤を信じていたついこの間までの自分を持て余していたようだ、と気づいた。

「ありがとう。話せて良かった」
本心からそう言った。

「とんでもないです。私なんて…」
そう言って俯かれてしまい、笑顔が隠れた事を園田一は残念に思った。

だがその千鶴が、力強く顔を上げた。
「あの!」
「はい?!」
急に力の入った声を出され、園田一は驚いた。
「斎藤さんもですけれど!
でも、原田さんも、とても強くて優しくて親切な、素敵な方です!
多分斎藤さんより解りやすいですし!」
やや切羽詰まったような顔で千鶴が言った。

“斎藤さんより解りやすい”

園田一は思わず吹き出して笑った。

千鶴は自分の言葉が、原田を単純だと表現したと誤解を招かなかったかと焦り、園田一を見た。


園田一は、千鶴の言葉に思った。
確かにあの斎藤組長ほど解りにくい人も珍しかろう。
他の組の隊士にも、三番組は何故あの斎藤組長を慕うのかと、よく聞かれた。
なのに、自分も、この雪村という少女も、去ったというのになお斎藤の無事を願う。
斎藤とは、そういう男だった。
それで良いのだろう。


笑われて、千鶴は小さくなる。
「あの……」
園田一は笑いを納めながら言った。
「確かに、私の人生の中で一番解りにくく、そして濃い時を過ごさせてくれた人でした。
あなたと話せて良かった」

千鶴は柔らかな笑みを返した。

「組長が居なくなったのは今でも残念に思います。
しかし君が原田組長をそう言うのなら、これからも楽しそうだ。
組長の時のように、良い仕事がしたい」
園田一が組長と言うのは未だに斎藤の事で。
それだけ確かな存在のだと嬉しく思う。
しかしそれだけでなく、園田一が今の組長である原田にも目を向けていると感じて、千鶴の顔は、原田の為に少し明るくなった。


園田一は、自分の返事が正解だったと分かった。



「あっ!」
笑みを返していた千鶴が、小さく叫んだ。
園田一が何事かと思った瞬間、脳天に痛みが落ちてきた。
反射的に振り返る。
「常に後ろに気をつけろって、斎藤に言われてねぇのか?」
「原田組長!」
頭をさすりながら園田一が慌てる。
「雪村と喋ろうなんて百年早ぇんだよ」
「す、すみません!!」
「俺が斎藤だったら、今頃お前死んでるぞ」
「……………………仰る通りです」
思う所があり、園田一は空虚な笑いを浮かべた。
「以後近づくなよ」
「はいっ!」
「良い返事だ。じゃ、後でな、千鶴」
園田一は原田に首根っこを捕まれ、痛そうに首を竦めたまま連れて行かれた。

千鶴は二人に頭を下げた。
「はい。ありがとうございました」


二人が居なくなると、千鶴の顔から表情が消えていった。
自分はあんな事を思っていたのか、、と、千鶴はぼんやり思った。
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