◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□三日の騒動
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【三日騒動 1】



「あのー……土方さん……すみません……」


年が明けて慶応三年。
1月3日、午前。
千鶴は、土方の部屋を訪れた。

今の土方は手負いの獣以上に殺気を撒き散らしている。
伊東、永倉、斎藤が1日の夜から門限破りをし、
現在に至っても戻っていない為だった。


「なんだ」
障子越しにも土方の不機嫌が痛いほど伝わる。
「……沖田さんと巡察に行ってきます……」
「総司だと!? あいつは当番じゃねぇだろうが!!」
「はいっ!! あの……」
千鶴は勇気をふりしぼった。
「斎藤さんのお当番なので!!
代わりに!!」


言えた!!


「……斎藤の野郎か……」
土方の低い声。


怖い!! 怖いよー!
沖田さん、酷いー!


「総司が自分から代わると言い出したのか?」
障子が開いて、鬼の副長が顔を出した。
「はいっ!!」
「で、お前も連れていく、と?」
「はいっ!!」

「…………行ってこい」
バシッ。

一言許可を出し、障子は土方の気分を代弁して音をたて閉まった。



生きてる!!
私、まだ生きてるー!



千鶴は土方の部屋の前から逃げ出し、次の悪戯鬼の元へ行った。
「沖田さん、土方さんの許可貰いました」
沖田は楽しそうに笑った。
「さすが千鶴ちゃん。あの土方さんに話し掛けるなんて、新選組一番の勇気の持ち主だね」
「沖田さんが行かせたんじゃないですかーっ」
「うん。僕が行った方が良かったと思う?」
「微塵も思いません!!」
あの土方に沖田が何かをしでかしたら、間違いなく大騒ぎだろうと思う。
そして、あの土方を前にして、沖田が何もしないとは考えられない。
たからこそ千鶴は勇気をふりしぼったのだった。

「じゃ、行こっか」
「はい」
沖田が斎藤の三番組に向き直る。
「今日は、斎藤君は別命で不在なので、僕が代理です。
僕も別命あるから途中で少しだけ抜けます。
何かあったら呼子で。すぐ駆けつけるから」

斎藤の三番組と千鶴を率いて沖田は屯所を出た。
真面目な沖田を見て、千鶴はうっかり、格好いいなどと思った。



**********



巡察中に三番組と別れた沖田は、千鶴と角屋に来た。
「千鶴ちゃん。ここにはじめ君たちが居るから、一緒に帰って来ること。必ず一緒にね」
「……はい」
千鶴も事情は知っている。
「そんな悲壮な顔しなくて良いよ。他のお客さんは居ないから」
「はい」
「でも千鶴ちゃんも門限破ったら、土方さん機嫌悪いし切腹かも?」
千鶴はゾッとした。
その顔を見て、沖田は満足そうに笑った。
「あはは。がんばってねー」
「沖田さんー……」

千鶴はゴクリと息を飲んで、角屋に入って行った。



「失礼します」
中から、キャアキャアと騒ぐ女の声がする。
千鶴は覚悟を決めて襖を開け、深々と頭を下げた。
「帰営するようにと言付かって参りました。
どうか屯所にお戻り下さい」


顔を上げて、千鶴は部屋の中を見た。
数人が車座になって座っていた。

永倉を見れば、あぐらをかき、顔を赤くして完全に酔っている。
その左右に侍らせた女たちに絡んで、楽しそうだ。

伊東もまた左右に女が貼り付いて居るが、伊東は正座で座っており、永倉ほど酔い崩れた感じは無い。

斎藤の横にも女が居る。
が、こちらは、手酌で飲む斎藤の扱いを持て余しているようだ。


「新しいお花が届いたわ」
千鶴を見て伊東が言った。
「そろそろお開きかしらね」
「だな。旨い酒もたらふく飲んで、綺麗なねーちゃんたちとも遊んだし、今生の終いとしちゃ、こんなもんか」

永倉の言葉に千鶴は顔を強ばらせる。
「ねぇ、雪村君。
帰ったら私たち、切腹でしょ?
それでも帰った方が良いかしら?」
「……私にはわかりません。
みなさんと共に屯所へ戻るように言いつかっただけなので」
「じゃあ、私たちが戻らなかったら、あなたも切腹かしら?」
千鶴は何も言えず、口を引き結ぶ。
「おいおい伊東さん、そりゃ殺生だろ。
自分で決めてここに居る俺たちとは違うんだからよ」
永倉が口を挟む。
「そうね」

伊東は立ち上がり、千鶴の前に来た。
「ねぇ、雪村君。
面白いものを見せてくれたら、この伊東、二人の切腹を回避させてあげる」


そんな事が出来るのだろうか。


「命に換えても約束できるわよ?」
伊東は脇差を僅かに抜き、すぐにカチンという音をたてて戻す。
武士の誓約の証。

「……何をせよと仰るのでしょうか?」
「そうね。このお銚子5本、飲むっていうのはどうかしら?」

千鶴は驚いた。
その程度の事で、永倉や斎藤が死なずに済むようにしてくれるというのは、易すぎる気がする。
別の思惑がありそうで、千鶴は即答出来なかった。

「私とて、若くて有能な二人をこんな事で死なすのは惜しいのよ?
でも土方君は隊規違反はすぐ切腹させちゃうでしょ?
それとも、仲良しだと許してくれるかしら?
試してみる?」

「よせよせ、ちづ…雪村。
土方さんは曲げねぇよ」
永倉の明るい声がする。
伊東に策があり、二人を助けられるなら、お酒を飲むくらいは…と思う。


「……伊東参謀。どうしてお酒を飲むだけで、切腹せずに済むようにして下さるのですか?」
「だって私もこの二人を死なせたくないもの。
でもこのまま素直に帰るのもなんだし?
土方君のお小姓に従う口実ってところかしら?
飲まないなら、今日も帰らないわ」

永倉と斎藤が伊東をたしなめるが、伊東は揺るがない。

「5本、ですね?」
「よせ雪村。無理だ」
「だめだよ伊東さん、雪村は飲むと大虎だから」
「あら。見たいわ」

千鶴の前に伊東が銚子を並べた。


千鶴は、日常的に大酒飲みの幹部たちを目にしているせいで、なんとか飲めそうな量に錯覚した。

もちろん相当に酔うだろうとは思うが、それで伊東が動いて二人が助かるのなら。

「飲みます」


「待てって!そんな事させたら結局土方さんに殺される!」
「雪村君の意志よ。
永倉君、斎藤君、そこから動いたら今日も帰らなくてよ?」

千鶴は銚子を掴み、煽った。
「待て雪村!」
「えっ、ちょ、千鶴ちゃん……。
直飲みかよ……」
「あら。男らしい飲みっプリね」


不味い。
喉が焼ける。

二本目を掴む。
不味いので、味わわないように、苦い薬を飲む要領で喉に流し込む。


ぐらりと世界が揺れる。


3本、4本、5本。
「のみまひた!! 伊東へんへー、やくそくれすよ!」
「はいはい。がんばったわね」
「はいは、一回れす。
そう教えられませんでしたか」

呂律の回らない話し方が、急速に直っていく。

「……まずい。始まった……」
「どういう意味だ、新八」
「千鶴ちゃん、土方さんばりの絡み酒なんだよ。
って、斎藤も知ってるだろ?」
「いや知らぬ」


ああ、斎藤もあの時酔っていた…。


永倉は手で顔を覆う。
「……待て新八。土方さん……ばり……だと?」
ギリギリと膝の上で拳を握りしめていた斎藤だったが、青くなった。


「伊東先生。
どうして規則を知っていてお破りになるんです?
この時間までには帰るというのは、子供でも出来ます。
もし遅れたら、まずはごめんなさい、ですよね?」

「……斎藤君、永倉君。
この子どうしたの?」
「えーっと…酔っぱらい?」


「伊東先生。聞いてますか?
土方さんは日々忙しいんです。
こんな子供みたいな事で手間をかけさせるのは良くないと思いませんか?
伊東先生が土方さんに思うところがあるのは感じていますが、
それはキチンと話し合うべき事で、
こんなやり方は良く有りません」

「そ、そうね…」

「ましてや、永倉さんや斎藤さんまで巻き込んで。
伊東先生にはお考えがあるようですが、斎藤さんに何かあったら、
お天道様が許しても私は許しませんよ?
聞いてますか?
聞いているならお返事するべきです。
違いますか?」

「そ、そうね……ごめんなさいね」

「解って下さって嬉しいです。
でも斎藤さんが切腹になったら許しませんからね?

切腹ってきっと痛いですよ?

お腹の中には沢山の臓腑が詰まっています。
切腹するとそれらを押し込んでいた皮が破れる訳です。
そうすると、中のものは外に出ようとします。
なので、臓腑を中に再度押し込むんですが、
お腹の中って、何があるかご存じですか?
厠で出す前のものもお腹の中にはあるんです。
それが入っている所まで刀が傷をつけてしまうと……」

「いやぁ!
何か気持ち悪い事言い出したわ、この子!」

「うわー………………」
思わず永倉が声を漏らした。
その声に千鶴が反応した。
「永倉さん」

「うおっ! 伊東さん!帰ろう!! 帰ろうよ!! なっ!?」
「帰るわ!! あなたたち!お開きよ!」

伊東は女たちに言うと、永倉と共に部屋を慌ただしく出ていった。
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