◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□おけら火
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【おけら火 1】



土方の部屋を訪ねた斎藤は、最近伊東が自分に近づいてきている事についての報告をした。
その後、ややためらいがちに言葉を続けた。
「祇園神社の、おけら祭りというものに連れていってやりたいのですが…」

斎藤は、誰を、とは言わない。
だが土方にはわかる。
斎藤らしくない言動は全て千鶴絡みだ。
「おけら祭り…って、大晦日の夜におけら火貰ってくるアレか」
「はい」



伊東の尊皇の動きが最近露骨になってきている。
伊東が本格的に動き出せば、千鶴を外出させる余裕も無くなるだろう。
ましてや夜祭りにそぞろ歩きなど出来まい。
伊東が新派を作った時には、自分はそちらに潜り込む話になっている。
自分が千鶴にしてやれる最後の事かもしれない。
そんな事を思って斎藤は、珍しく自分から千鶴を遊びに連れ出す話を土方に持ってきていた。



土方は腕組みをして考え込んだ。

昼や宵の祭りならまだしも、おけら火を貰ってくるなら夜遅くなる。
危険が増す。
かと言って、幹部連中をまとめて行かせれば、それはそれで喧嘩の1つも拾ってくるに違いない。

だが、珍しく斎藤が自分から言い出した事ではあるし、
何を思って言い出したかも察しがつく。
斎藤と千鶴が各々どう思っているかは解らないが、互いが特別なのは確かだろう。
斎藤には伊東派への潜伏任務が控えている。長く離れる事になるかもしれない。
万が一があれば今生の別れになる。
その斎藤が千鶴と出掛けたいと言うなら、行かせてやりたいとは思う。


斎藤に任せて送り出すか、騒ぎ覚悟で皆で繰り出させるか、または、陰から自分がついていくか…。
だが相手は斎藤だ。
尾行した所ですぐ気付くだろう。



土方は息を1つ短く鋭く吐いて、言った。

「……千鶴は男の格好のままで連れていけ。
斎藤、お前も化けて行くってんなら許可だ」
「……化けて……とは?」

「最近じゃ俺達も名が通ってきてるからな。
総司なんざ、新選組か、じゃなくて、沖田総司か、っつって名指しで斬りかかられてる。
お前も似たような立場だろ。
その黒の着物に白の襟巻じゃ、知ってる奴らには新選組の斎藤だって名札つけてるようなもんだからな。
まぁ、奴らも正月位は大人しくしているだろうけどよ」

単に利便性を追究しただけの自分の黒い着物が目印になっていたとは思っていなかった。
たかが着物で千鶴を危険に巻き込みたくは無い。
「……承知」
斎藤はそう言って土方の部屋を辞した。


違う着物、か。
困ったな。


長着は黒しか持っていない。
大晦日までは日にちもあまり無い。
斎藤は古着屋に寄ったが、黒ばかり選んできたせいで色のものは派手すぎるように感じて決めきれない。

斎藤はたまたま巡察が一緒になった原田に、原田ならどんなものを選ぶか尋ねてみた。
原田は気軽に着物の用意を請け負った。
「男を上げて千鶴を驚かせてやろうぜ」
「着物ひとつで男が上がるなら誰も苦労はせぬだろうに」
「お、言うねぇ。お前は自分の事に頓着しなさすぎなんだよ。勿体ねぇ。
千鶴の芸姑姿、可愛過ぎて直視出来なかったのは誰だっけ?
見た目に騙されるなって位には、見た目は大事なんだよ、女は。
知り合いが居るからよ。
いつもと感じが変わるように見繕ってもらってやるよ」

斎藤は些か不安そうな顔をしたが、頼む事にした。
原田に女を語られては、斎藤は反論出来ない。
「手間をかけさせてすまぬ」
「任せとけって」

原田は不器用な同僚の真面目な横顔を見やって、柔らかく目を細めた。



**********



「……………………!」

斎藤に誘われたおけら祭りを楽しみにしていた千鶴は、迎えに来た斎藤の姿に立ち尽くした。


深い臙脂の地に細かな柄の小紋、揃いの羽織。
袖から見える裏は濃灰地に墨色で、流水紋に鯉。
黒に近い濃緑の袴。
鉄紺の斎藤の瞳が、深い臙脂に映える。

着慣れない着物のせいかいつもより僅かに遠慮がちでいて、それでいて芯のある姿勢の良い姿は、どこの立派な人格者の旗本か跡継ぎかという風情だ。
いつもは隠されている首筋が今は妖しく見えていて、視線を動かせない。


音がしそうな勢いで、千鶴は耳まで赤くなった。



「……どこか変か?」
原田の太鼓判は貰っているので、おかしい処は無いと思っていたのだが。
動かない千鶴を見て、何か変だっただろうかと斎藤は不安になった。

「……いいえ……どこの…若様かと……」
千鶴は慌てて視線を游がせ、そう言ったきり絶句した。



夜で良かった!!
直視出来ない!
なのに私ったら、いつもと同じ格好……。
他に持ってないからどうしようも無いけれど…。
斎藤さん、変わりすぎ……!



千鶴が言った“若様”という言葉に、斎藤は安堵した。
若様というのは世辞だろうが、いつもとは違う姿に見えているらしい。
土方の指示は遵守出来たのだと判断した。

「行くぞ?」
「は、はいっ!!」

千鶴は斎藤の袴の裾に目線を落としてついていった。
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