◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□特命出たぞー
1ページ/5ページ

【特命 1】


「出来た!!」
千鶴は糸を切ると、ばさりとそれを広げた。
黒い麻布が翻り、着物の姿を見せた。
立ち上がり羽織って、不具合が無いか確認する。
問題は無さそうだった。
それをきちんと畳んで部屋の隅に置くと、千鶴は部屋を出ていった。



**********



雪村千鶴が、鬼と名乗る、薩摩藩の者に狙われた。

その情報を得た伊東甲子太郎は、ほくそ笑んだ。

雪村という少年は、試衛館一派が奇妙な程囲い込んでいる。
何かあるに違いないと思っていた所へ、薩摩藩絡みの者の襲撃である。



あの子、いつか来る日には、良い土産か、事によっては取引材料にもなるでしょう、きっと。
しかも、よく働き、よく気が回る。
その上、美しい。
女だというのが不愉快だけど。
男装は可愛らしいから、まぁ良いわ。
土方君が小姓にするばずよね。



出来れば穏便に雪村を手に入れておきたい。
伊東は雪村についての情報を集めていた。



**********



雨と暑さで苛立ちがいや増す頃。
土方の部屋を、巨大ナメクジ(土方主観)が訪れた。


「ね、土方君。 私も最近忙しくてね。小姓が欲しいと思っているのよ。
でね、雪村君をくれないかしら?」
「………………はァ?
ありゃ俺の小姓だ。悪ぃが、俺より伊東さんの方が人脈あるだろ。自分で探してくれ」
「でもね土方さん。あの子、暇そうにしているのをよく見かけるわ」
伊東は上目遣いで土方をチロリと見る。
「どう見えるか知らねぇが、あいつにゃ、幹部棟周りに気を配らせているはずだが?
そのせいで休みらしい休みをやれていないからな。 空き時間には休むように言ってある。それを暇って言われてもな」
千鶴が勝手にやり始めてくれた事だが、嘘も方便である。
土方は伊東を冷たく突っぱねた。

「そこよ!
あの子、気が利くわ。もっと良い仕事あげても良いと思うの。任せてくれたら…」
「仕事内容についてはあんたに言われるまでもなく考えてる」
伊東のたわ言をブチ切って、土方は言い放った。

「あら、どんな?」
伊東は余裕の笑みで追求する。
千鶴が医者の娘で、それを隠して男装させている。
試衛館一派が妙に可愛がって大事にしている事も掴んでいる。
仕事の予定などある筈がないと知っての追求である。
「情報収集だ」
「あら、そう? どういう風に?」
「……あの見てくれだからな。新選組だとは思われねぇだろ。
女の格好でもさせて、数日街に置いてみる」
「なるほどね。でもそれじゃ、独り暮らしは危ないわ。
私の手の者をお貸しするから、夫婦者を装ってはどうかしら?
良かったらこの伊東がその任に就くわよ」
伊東がするりと土方に近寄る。
土方は思わず上半身を反らして逃げた。

「滅相もねぇな。あんた今忙しいって言ったじゃねぇか」
「あら。新選組の為ならこの伊東、それ位はやってのけてよ?」
「もう斎藤に準備させている」


伊東の目がキラリと光る。
斎藤には、来る日の為に前々から目をつけていた。
あの男と雪村君が懇ろになるなら、雪村引き抜きは容易になるかもしれない。
伊東は引き下がる事にした。


「……あら、そうなの……。
確かに彼なら上手くやりそうね。
結果のご報告、お待ちしてましてよ?」
そう言うと伊東は、土方の部屋をあっさり出ていった。


土方は、自分がブチ上げた大嘘にゲッソリして、机に顔を埋めた。
あの伊東の事だ。
嘘だと判ればまたネチネチ絡んでくるに違いない。
かくなる上は、嘘を本当にするしかない。
「……ったく、どいつもこいつも、あんな普通のガキ一人に群がりやがって…。
それも鬼だの伊東だのバケモンばっかり…。
どんだけ運悪く生まれついてやがんだ、千鶴はよ」
土方にしてみれば、ボヤキの一つ二つ漏れるというものであった。



その夜、苦虫を千匹も噛み潰したような土方に、斎藤と千鶴は特命を下された。
「お前らしばらく屯所を離れてどっかで暮らせ」

「………………………………ハ?」
「………………………………へ?」

「山崎も考えたんだがよ、鬼とかいう連中の事を考えると不安が残るからな」
訳がわからず土方を見返す斎藤と千鶴の前で、独り言のように土方はブツブツと言っている。

「……副長。解るようにお願いします」
「伊東の奴が、千鶴を自分の小姓によこせと言ってきたんだよ。
自分の小姓にしてくれたら、もっと上手く使うと言いやがった。
だから、千鶴には大事な仕事振ったから無理だって話にした。
お前ら、しばらく街で暮らして何か探って来い」


斎藤は、土方の投げやりな話ぶりに、伊東とのやりとりが見えるようだと思った。
あまりの伊東嫌さに、適当な話をでっち上げたに違いない。
土方も試衛館に馴染んでいた一人である。
根っこは喧嘩上等な、短気な性分なのだ。


「あの…土方さん、何か探るって、何をですか…?」
「お前は何もするな」
「…………………………え?」
「お前が動くと、変なモンが寄ってくる。任務中は大人しく家にこもってろ。必要なものは届けさせる」
「……変なもの……」
「ああ。鬼だの伊東だの羅刹だの総司だのを寄せ付けるの、お前、得意じゃねぇか」

沖田を、伊東や鬼や羅刹とひとまとめにした土方に、千鶴は絶句した。
しかも、変なものを寄せ付けるが得意とまで言われてしまった。
千鶴はバチバチと、大きな目をしばたかせて土方を見詰めた。

斎藤は俯いて、微かに肩を揺らしている。
笑いをこらえているらしい。

「うるせぇぞ、斎藤」
「は。すみません」
斎藤は顔を上げた。
「つまり、伊東から雪村を離すのが目的、という事ですね?」
「ああ。だから成果は上げるな」
「雪村は一般隊務には向かないという結果を出せ、と」
「そうだ」
「……ご面倒をお掛けしてしまって、すみません……」
「おいおい、逆だろう、千鶴。
お前が使えると見て、伊東が欲しがってんだからよ。
ったく、ナメクジのくせして人を見る目はあるときてやがる」

ナメクジ……とは、伊東の事だろうか、と、千鶴は苦笑いで小首を傾げた。

「どっか適当な家を探しておく。
お前らは夫婦モンでも装ってそこで暫く遊んでろ」


夫 婦 者 。


斎藤の回りの空気が揺れた。
「………………副長」
「なんだ?」
「男装し、諸般の事情があるとはいえ、雪村は嫁入り前の娘です。
下手をすれば雪村の悪評に繋がりかねないかと」
「……兄弟って事にしておく事も考えたんだがよ…。
そうすると四六時中一緒に居る理由がねぇだろ?
祝言あげたての夫婦者の方が自然だと思うぜ?」
「…………」
「気に入らねぇか?
じゃあ原田辺りと組ませて、落籍させたての…… 」
「俺がやります」


斎藤、即答。


問題点をずらした土方の言葉に、斎藤は乗せられた。
土方の方が、まだまだ役者が上である。


土方としては、千鶴を隔離出来れば原田と組ませても構わないのだが。
長い時間一緒に居る間に、千鶴が原田によろめかないとも限らない。
挙げ句、酒でも飲んだ原田がそんな千鶴に手を出さないとも限らない。
その点斎藤なら、千鶴は普段から斎藤にベッタリだから大した変化は無いだろうし、酒で失敗する事も無かろうと思っての人選だったのだが。

なぜか、一抹の不安を感じてきた。


「……斎藤」
「はい」
「手ぇ出すなよ?」
「ふ、副長っ!!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ