◆ 雪月華【1】斎藤×千鶴(本編沿)

□君なんて要らない【2】
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朝食の時に千鶴を連れてきたのは沖田だった。
連れだった二人を見て、土方は一瞥した後再度視線を沖田と千鶴に戻した。
つい先日まで沖田に怯えていた千鶴が、今朝は遠慮がちながら沖田を盗み見ている。
沖田の何かに気を取られているようだった。
相変わらず考えが分かりやすい娘だと思う。
しかし沖田に気を取られているせいか、昨日のガチガチになっていた千鶴よりは緊張が弛んでいるようで、土方は幾分ホッとした。


総司は勘の良いヤツだ。
また上手いこと急所突きやがったな。


土方は意識して沖田と千鶴を見ないようにした。
気にしていることを気づかれれば、また沖田は絡んでくるに違いなかった為である。
少し落ち着いた感のある千鶴に、今日は“例の件の対処”をしようと土方は気合いを入れた。
しかしなかなか口が開かなかった。



昼食後に、井上に「まだ千鶴ちゃんに何も言ってやっていないのかい?」とチクリとやられ、土方は、ようやく、やっと、行動に出た。



「千鶴。街に出る。ついてこい」
意を決して部屋に居た千鶴に声をかけた。
案の定、千鶴はかなり緊張を漲らせてついてきた。




土方について歩いてきた千鶴は、目的地に着いた時には少し驚いた。
呉服店である。
「余計な事を言うんじゃねぇぞ」
と釘を刺され、千鶴は小さくなって頷いた。

その店で土方が
「こいつの姉貴に振り袖が欲しい。
俺じゃわからねぇからな。
背格好も顔もそっくりだから、見立ててやってくれ」
と、店の者に言い出した時には、かなり驚いた。


そして今は些か居たたまれない気分であった。
「……総司の目ン玉色か。
違う色はねぇのか?」
「……平助みたいにガチャついてんな……。もぅちっと優しい感じのはねぇのか?」
「原田の頭みたいな色だな……。違う色を見せてくれ」



見立ては、お店の人に任せたんじゃないんですか、土方さん……。
文句言いまくってますけど…。


死んでも構わないと言われたのはつい一昨日である。
どうしても遠慮が出てしまっていた。
しかし…土方のあまりの表現に、千鶴はクラクラして、それどころでは無くなってきていた。


沖田さんの目ン玉色って……。
目ン玉……って…呉服屋さんで、目ン玉色と言った人は、土方さんが日本初じゃないのかな……。
平助君みたいな振り袖って、どんな表現ですか……。
原田さんの頭色……って…相手に伝わらないと思います…。



千鶴は、心の中でツッコミまくらずにはいられなかった。
が、余計な事を言うなと言われているので大人しくしていた。
千鶴の前には何本もの、いかにも高そうな反物が広げられていく。


「お前はどれが良いんだ?」


すみません。土方さん。
そんな事を言われても。
貰う人の好みとか、どんな人かとかも分からないのに選べません……。


「…貰う方の好みにもよりますので…」
とりあえず千鶴は思ったままを言ってみた。
安い買い物では無いので、変な事を言って相手の好みに合わなかったら困る。

「だから、お前は、どれが良いんだ?」
土方は「お前は」を強めて言った。
「ど、どれも素敵で…」
余計な事を言うなと言われた事が引っ掛かって言いにくい。
だが敢えて言うなら、鶴の入った“あれ”だろうか。
名前が千鶴なだけに、鶴の着物が持てたら良いなと前から思っていた。


「…こちらの蕾紅梅なんぞは、よくお似合いになられますなぁ」

険悪になりかけた雰囲気を丸めようと、店の者は口を挟んだ。
正直なところ、田舎者なのか成り上がり者なのかは分からないが、ひょっこり来て店先の品物だけで決めようとしている様にうんざりしていた。
これまでの会話で、目の前の武家が横の少年そのものに似合うものを選ぼうとしていることを薄々感じたため、稚児に振り袖かよ、と、更にうんざりしていた。

さっきまで「薄紅」と言っていた色を、
「蕾紅梅」と言い換えてみた。
少年が少女なら、まさにこれから見事に咲くであろうと見ての事だった。

派手すぎない柔らかな桃色に、鶴、流水に合わせて四季の花の描かれた、季節を選ばない華やかでいて円やかな意匠。
この少年が少女なら、これは似合うだろうと思った。

……っつーか、こいつ、女の子やないか。
なんや、この武家?
女の子に男の格好させとるんかいな。
けったいな…。
と思ったが、当然言わない。


「蕾紅梅…か…」
その色名に土方が反応したのを見て、店の奥から帯に帯揚げ、帯締めを引っ張り出して揃える。

「どうでっしゃろ?」
そう言うと千鶴に反物を掛けて、帯を合わせて見せる。
反物を器用に摘まんで折り、一見着ているように見せた。

よく、似合いますがな。

店の者も自分の見立てに悦に入る。


確かによく似合っていた。
店の中の者の目が千鶴に集まる程に。


「どうだ、千鶴?」
「はい、とても素敵です…」
嬉しそうにほんのり頬を染めて輝く微笑みを千鶴は見せた。
「これで頼む」
「帯は?」
「爪先まで一揃いだ」
「へぇ。襦袢や仕立てや草履、足袋も?」
「頼む」
「どちらへお届けしまひょ?」
「新選組の屯所だ。土方宛に頼む」
店の中が凍りついた後、下にも置かぬ待遇となった。



綺麗な反物を沢山見て、更に着物も決まった。
土方の個性的な色表現を聞いて肩の力も抜けていた。
千鶴はやや興奮気味だった。
「素敵なお着物でしたね。どんな方に差し上げるんですか?」
千鶴としては何の気なしに言った事だった。
「……お前のだ」
「……………………へっ?」
「この間は悪かった。詫びだ」
耳まで赤くした土方は、前を向いたままそう言った。
千鶴は足を止めて土方を凝視した。
「おい、止まるな…」
振り返った土方も固まった。


何してやがる、雪村千鶴 !


千鶴は、大通りに突っ立って、大きな目からぼろぼろ涙を落としていた。

土方は大慌てで千鶴を脇道に押し込んだ。




……………………後々、届けられた着物の金額に、土方は精一杯の虚勢を張った。
土方の、3ヶ月分の給金が吹っ飛んだ。


言葉には気をつけよう!


土方は心の底から思った。




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かっこいい土方さんは、どこ……。
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