◆ 雪月華【1】斎藤×千鶴(本編沿)

□柿食えば…
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元治元年、秋。



「千鶴は、総司にイタズラされた時、どうしていつも斎藤のところへ逃げ込むんだ?」

昼下がりの小春日和の縁側で、原田が持ってきた柿をむいている千鶴に尋ねた。

「助けてくれるからですけど…」
さも当然で、聞かれる理由がわからない、という顔で千鶴は答えた。
「じゃあ、オレだって良いんじゃねぇか?」

原田の言葉に、千鶴は温い笑顔を返した。
「絶対に助けてくれるのは、斎藤さんだけですから」
「オレも助けてると思うぜー?」
納得のいかない原田は、にっ、と笑って千鶴に重ねて尋ねる。

「尻尾の時、教えてくれなかったじやないですかー」
少しふくれたような表情になった千鶴を、原田は目を細めて笑った。
「ああ、黒猫引き連れた、あれか」
原田は、“千鶴の尻尾”を思いだして笑う。
「あれは可愛いかったからな、仕方ねぇだろ。総司にしちゃあ上出来なイタズラだったな」
「私、半日近く気づかずウロウロしてたんですよー」
思い出して恥ずかしくなったのか、千鶴は赤くなった頬を両手で覆った。



つい先日の、沖田のイタズラであった。



秋、ススキがふさふさと揺れる季節である。
沖田は花冠を作る要領で器用にススキを編み、長いヒモ状にした。
それを千鶴の袴に挟み込んだのである。
それはまるで猫の尻尾のようで、千鶴の動きに合わせてユラユラ揺れた。

多分、誰もが可愛いらしく思ったのだろう。
土方さえも千鶴に尻尾がついている事を指摘せず、柔らかな笑みを浮かべたのを原田は見た。



千鶴が気づいたのは斎藤がきっかけだった。

巡察から戻った斎藤は、千鶴の尻尾に気づくと固まった。



原田は、その後の斎藤を思い出して、本格的に笑いだす。
「笑い事じゃないですー……」
原田に柿を差し出しながら、千鶴は苦笑いになる。



千鶴に生えた尻尾に気づいた斎藤は、暫く立ち尽くした。
その後、千鶴の尻尾を不思議そうに見ながら、千鶴の後ろをついて回ったのである。
千鶴は後ろに斎藤が居ることを暫く気づかなかった。
更に、斎藤が後ろに居るのに気付いた時も、偶然だと思い込んでいた。

結局斎藤は四半刻ほど千鶴の後ろを歩いていた。
そんな珍妙なものを見つけるのは大抵沖田で、勿論当人には言わない。

千鶴が黒猫を連れている、と触れ回った。斎藤の黒い着物を評しての表現である。


千鶴と猫の組合せにそそられた者は、千鶴を探し出すと、その意味を知った。

確かに、猫が動くものを凝視して追うように、黒衣の斎藤は千鶴のススキで出来た尻尾に完全に気を取られ引き寄せられていた。
猫のようなふさふさと長い尻尾の生えた千鶴の後ろを、
襟巻の端をヒラヒラさせてついて歩く斎藤を黒猫と表現するのは
言い得て妙ではあった。


そんな千鶴と斎藤を見て、忍び笑いを漏らす者(永倉と原田)、生ぬるく見守る者(土方)、見てはいけないものを見たという顔をした者(山崎)など、それぞれの反応を示した。


「千鶴ちゃん、後ろで黒猫が千鶴ちゃんを狙ってるよー」
沖田に言われて初めて、千鶴は、斎藤がまだ後ろに居ることに気づいた。
「……斎藤さん?」
「…………それは、なんだ?
寡聞ですまないが、それは端午の節句の菖蒲のようなものなのだろうか?」

千鶴はやっと、自分に尻尾が生えている事を知ったのだった。




「皆さんご存知だったのに……。
教えてくれたのは斎藤さんだけでした」
肩を落として千鶴は呟く。
「だけどよ。
あいつも、お前が尻尾を取っちまったの、残念そうだったぜ」

今度は千鶴も小さく笑う。
千鶴が落として外した尻尾を拾い上げると、斎藤は端を持ってユラユラ振ったのだった。



「お。黒猫様の登場だ。千鶴にむいて貰った柿を食われちまうのは嫌だからな。部屋で食うわ。ありがとな」
原田は斎藤の姿を見つけると、千鶴の口に柿を1つ放り込んで腰を上げた。


4つに切られた柿は千鶴の口には大きい。
半分だけ咥えているような格好になった。

斎藤が自分に気付いてこちらに歩いてくるのを見た千鶴は、慌てて柿を噛みきる。
柿の皮を見ながら斎藤は、千鶴に声をかける。

「一人なのか?」
「原田さんと一緒だったんですけど…」
「なるほどな」
「すみません、これだけしか無くて…。半分食べますか?」
斎藤が食べ物に関してだけは貪欲な事を知っている千鶴は、自分がかじった所を切り落とそうとした。
「……頂こう」
言うが早いか、斎藤は立ったまま千鶴の腕を掴み、千鶴の手から歯形の残る柿をぱくりと食べてしまった。
千鶴は驚いて口を開けたまま斎藤が食べるのを見つめる。
「礼に、今度何か持ってくる」
ゴクリと飲み込み満足そうに言う斎藤に、千鶴はやっと顔が赤くなった。
「夕餉にはまだまだだな…」
太陽を仰ぎ見て時刻を計ったらしく、斎藤がボソリと漏らす。


…………………斎藤さん、お腹空いてるんですね…。


千鶴は、熱くなった顔を手で扇いだ。

斎藤は柿の皮の乗った皿と包丁を取り、歩きだす。
「あっ…」
「片付け位なら俺も出来る」
柔らかな、ほんの微かな斎藤の微笑を向けられ、千鶴は動けなくなる。
「……ありがとうございます」

千鶴は更に熱くなった気がする自分の頬を手で覆って、斎藤を見送った。

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