◆ 雪月華【1】斎藤×千鶴(本編沿)

□沖田来襲
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【沖田来襲】



池田屋事件以来、沖田総司の千鶴への態度は軟化した。
が、千鶴にとっては「怖い人」のままである。

この3日ほど、千鶴は沖田に起こされている。
初日は、スパーーーンと障子を豪快に音をたてて開けられ、その音で飛び起きた。

2日目は、棒に糸を垂らし、その先にコンニャクを下げたものを顔に落とされ飛び起きた。

3日目は、白い襦袢で顔や体を隠し、目だけ出した姿で布団の横に居た。
寝とぼけた頭では一瞬何が居るのかわからず、千鶴は飛び起きると部屋の隅まで逃げた。



そして、今朝。
「ギャアア!! さっ、斎藤さん斎藤さん斎藤さんっ!
原田さん!! 平助君!! 永倉さんーっ!!
……ひ、土方さんーっ!!!!土方さん!!土方さん!!
モゴッ!!」
千鶴の悲鳴が、夜明け直前の幹部を叩き起こした。

飛び起きた幹部たちは揃って抜き身を下げて千鶴の部屋へ駆け込んだ。

そこに居たのは千鶴に馬乗りになって口を押さえている沖田。
人差し指を口に縦に当て、しーっ、と言っている。
全員がウンザリした顔になり、刀を鞘に収めた。

沖田が千鶴から離れると、千鶴は真っ赤になりもう一度短い悲鳴をあげて、枕を顔に当てて部屋の隅に逃げた。

そして沖田はその千鶴を見て満足すると、アッサリ逃げた。



「……千鶴。総司の奴、もう行ったぜ」
原田が心底気の毒そうな声で千鶴に声をかける。
しかし千鶴は、コクコクと頭を縦に振りながらも更に隅で固まり、顔も上げずに居た。
男たちは、千鶴がまだ怯えている理由がわからず互いに顔を見合わせた。

「千鶴?」
平助が近寄ると、千鶴は顔を伏せたまま更に隅に逃げようとした。
が、行き止まりである。
普段は仲の良い平助からも逃げようとする千鶴に、思ったより大事が起きていたのかと考え、集まった5人は肝が冷えた。



「雪村。総司に何かされたのか?」
「千鶴、何があったか言え」
斎藤が千鶴の肩に手を置き、土方はしゃがんで千鶴の顔を覗き込む。

「寝間着……」
「…寝間着?」
全員で、千鶴の次の言葉を待つ。
「何か着て頂かないと、お礼が言えないですっ」
千鶴はぎゅっと目を瞑ったまま、声を絞り出した。


取るものも取り敢えずで駆けつけた男たちである。
真夏である。
原田、平助は下帯一丁だった。
永倉に至ってはフルチンである。
土方と斎藤は辛うじて寝間着を着ているが、バッサリはだけた状態だ。
土方はしゃがみ込んでいるから、小さくなった千鶴から見上げる形で見れば、着ていないのと大差無い。

「おっと」
「うわ!」
「こりゃ新鮮な反応だなぁ!がはは」
下帯の3人は、それぞれの反応を示して千鶴の部屋から出た。



斎藤と土方も、黙ってはだけていた前を合わせる。
衣擦れの音が止まるとようやく千鶴は体の向きを変えた。
そして顔を上げぬまま更に頭を下げた。
「早朝に大騒ぎしてすみません…。
ありがとうございました」

まだ警戒しているのか、千鶴は頭を下げたまま体を起こさない。
「……総司が悪い。すまなかったな。お前は悪くねぇんだから、もう顔上げろ」
土方が申し訳無さげに言った。
「……はい」

千鶴は袂で、滲んだ涙を拭いてから体を起こした。
その仕草に、土方と斎藤の眉根が寄り、自然と溜め息が漏れる。
「総司にはよく言っておくからよ」
「すみません…」
「そりゃこっちの台詞だ。悪かったな。
斎藤、後頼んだ。総司の奴をシメてくらぁ」
言うが早いか土方は千鶴の部屋を出ていってしまった。



出て行く機会を損ない取り残され、土方の去っていく背中を見つめる斎藤の顔には。


この状況を俺にどうしろというのですかっ、副長っ!?


と、非常に分かりやすく書いてあった。

が、誰も見ていないので、斎藤の鉄仮面神話は崩れない。



難題を押し付けられた斎藤は、恐る恐る千鶴を振り返る。
そして固まった。
千鶴が先程、男たちの姿を見て逃げた気持ちがわかった。
目の前の少女は寝間着1枚。
しかも多少動き回った後なだけに、やや寝間着も乱れぎみだ。
油断すると、胸元の白さや浮いた襟元に目が吸い寄せられてしまう。



取り敢えず斎藤は千鶴が視界に入らぬように横を向いた。
そして思いついた唯一の方法を試す。
「……今朝の食事当番は、俺と平助だ。
手伝うか?」
常日頃、自分にも何か出来ないか気にしている千鶴である。
食事当番は千鶴の得意分野でもある。
これでなんとか気分を変えてくれないかと考えたのだった。

幸いにも、千鶴の顔がぱぁっと明るくなった。
「はいっ!お手伝いさせて頂きます!」
「では、後で迎えに来る。身支度しておけ」
「はいっ!」

こうして、千鶴における、神様仏様斎藤様思考は強化されていくのであった。



……今朝の当番は、確か、新八と平助だったな……。
交代してくれるよう頼みに行かねば…。
総司……前の方がマシだった…。



斎藤は千鶴の部屋を出て、永倉の部屋へと向かう。
夜明け前に、早くも今日2度目の溜め息を、斎藤は漏らした。



……………………この日のうちに、幹部に対して土方から『千鶴法度』が発令された。

第1項は、
千鶴が起きる前に千鶴に関わらぬ事。
破ったら素振り休み無しで10万回。
もしくは袋叩き。


これを知った平助は、
総司だけに言えばいーんじゃねーの…?と、呟いたそうである。

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